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「んふふっ。すっごく嬉しいなあ。憂くんとデートできるなんて」
とある少女――陽向葵は朝からずっとこんな様子だった。嬉しくて、嬉しすぎて、自然と顔が綻んでしまう。そんな感じで、完全に浮かれモードに突入。
「あ! もう少しで十時だ! お店が開店するぞー!」
各ショップが開くのを心待ちにしていた少女は、着替えを素早く済ませて外に飛び出して行った。生き生きと。そしてウキウキと。寝不足にも関わらずだ。
昨夜は中々寝付けなかったのだ。まるで、遠足前日の小学生のように。
「あー、朝の空気ってほんと清々しいなあ。空気が美味しいー!」
陽向葵はルンルン気分を抑えきれず、そんな気持ちを口にした。スキップをしながら。
そして今は、個人経営のアパレルショップの前で待機していた。どうやら少女は間違えたらしく、お目当てのお店の開店時間は十一時だったらしい。腕時計をチラチラと見て、「あと三分あと三分」などと呟いていた。
どうしてここまで浮かれているのか。それは、今度のデートに対して並々ならぬヤル気に満ち溢れているからに他ならない。
(絶対に、憂くんの恋人になってやる。そのためにも、いつもの服装じゃなくて、オシャレな服装で挑まなきゃ。だって――)
女には負けられない戦いがあるんだから、と。少女は気合いを入れ直した。
そして、時間になるとお店の中から女性の店員さんが出てきて看板を出す。それから、扉にかけてあった『close』と記された掛札をくるりと裏返して『open』に変えた。
「いらっしゃいませー。ただいまより開店しまーす」
それを合図にして、陽向葵は『よっしゃー!』と、心の中で気合いを入れて入店。顔は綻んだままではあるが、目が違う。まるで、これから宝物探しにでも行くような、そんな希望に満ち溢れた目をしていた。
「うわあー! すっごい可愛い服でいっぱーい!」
陽向葵はキラキラと目を輝かせながら店内のぐるりを見渡した。
実はこの少女、服装に関しては無頓着なのである。夜にコンビニに行く時など、中学時代のジャージを着て出歩く程に。
だからこそ、目に入るそれらの全てが、陽向葵にとっては目新しくもあり、魅力的に映ったのであった。
「あ! このピンクのブラウス超可愛い! あ! このワンピースも! えーと、これは確かチュニックって言うんだっけ? これも可愛いー! あ、意外とTシャツもいいかも」
そして、目に付いた洋服の何点かを持って試着室へ。『憂くんってどんな服装が好みなんだろ?』などと考えながら。
店員さんに声をかけてから試着室の中に入り、陽向葵は次々と試しに着てみることにした。着衣を脱いで下着姿になったところで、鏡の前で自分のプロポーションをチェックする。
「た、竹ちゃんにはやっぱり大きさで負けてるかも……。体育の授業の時に着替えてるとこを見たけど、すっごく大きかったもんなあ。男子って大きい胸が好きだって、人生のお勉強してる時に読んだ漫画にも書いてあったし」
言って、「はあーっ」と溜め息をひとつ。が、そこはやはりポジティブ少女である。
「違う! 胸は大きさじゃない! 重要なのは形よ形! だから私は負けてないもん! コールド勝ちだもん!」
思考をポジティブに切り替えてから、少女は持ってきた服の試着を始めた。
だが――
「これ……可愛いかな?」
着替えては都度確認したが、どうにも全部ピンとこなかったらしい。
「なんか違うんだよなあー。もっとこう、憂くんが一目見ただけで見惚れてくれるくらい可愛いやつ、ないかなあ」
全ての試着を済ませた少女は各洋服をキレイに畳む。とりあえず、もう一度探しに行こうとしているようだ。
「なんか、いちいち元の服を着るの面倒くさいから、もう下着のままで探しに行こうかな」
意中の相手が聞いたら、きっとこのようにツッコんでいたことだろう。
『露出狂かよ』と。
「まあ、仕方がないから着替えますか。どうせお店の中には女性しかいないと思うから私は気にしないんだけど。でも一応、礼儀として」
そんなわけで、陽向葵は元々着ていた服装に着替え直し、試着室を出た。
すると――
「あっ。これって」
先程は気付かなかったが、ひとつのワンピースが目に留まった。
そのワンピースは、真っ白で、白無垢で。どこまでも真っ直ぐな白だった。
少女は別に思わなかったようだが、はっきりと言える。
まるで、このワンピースが『陽向葵』という一人の少女の心の中のような、汚れが全くない白さを表しているようだと。
「うん! これにしよう!!」
素早くそれを手に取って、再度試着室へ。そして着替える。真っ白な人間が、真っ白なワンピースへと。
「これ、やっぱりめちゃくちゃ可愛い!」
それを見に纏いながら、陽向葵は全身が映る姿見の前でくるくると回ってみせた。まるで、優雅に舞うようにして。
「えへへー。嬉しいなあ。これって絶対に運命ってやつだよね。私に買ってもらうのを待っててくれた、みたいな」
ニマニマとした笑顔が止まらない少女は、どうやら購入する一着を決めることができたようだ。再び着替え直して、レジカウンターへ向かうために試着室を出た。
心を躍らせながら。
(これ、絶対に憂くんも気に入ってくれるよね。つまり! このワンピースとの運命の出逢いは、私の運命を変えてくれるのだ!!)
そんなことを考えながら、少女はレジカウンターを探す。
が、しかし。
「ここのコーナーって――」
陽向葵の目に入ったのは、下着売り場のコーナーだった。そして、履いていたスカートの中をチラリと確認。「はあーっ」と溜め息をついた。
「ゾウさん柄の下着を着てる女子高生なんて、今時いないよね……」
ポジティブ少女としては珍しくちょっと落ち込んでいるようだ。無理もない。下着の好みは小学生並みだということを自覚させられたのだから。
「ど、どんな感じなんだろう? 下着コーナーって」
ちょっと緊張しながらではあったが、まるで引き寄せられるようにして、フラーッとそちらに向かう少女だった。
そして、驚愕。
「え!? な、何これ!? スケスケじゃん! え……こ、これ、ただの紐じゃん! 嘘でしょ!? 全然隠せないじゃん!」
初めて見るそれに、カルチャーショックを受ける少女であった。
「こ、これってアレだよね? いわゆる勝負下着ってやつ。これを身に付けてたら、憂くん喜んでくれるかな?」
好意を抱く男子が、仮にこの下着を着たところを見たらどんな顔をするのかを思い浮かべた。
「いや、ないな……憂くんとはまだ付き合ってもいないし、そういうことにはならない。それくらい、私にだって分かる」
なんせ、少女が想いを寄せる男子は、積極的な性格ではない。だからこそ、今回のデートを自分で提案する形にしたのだから。
「下着をお探しですか?」
突然、優しい笑顔を浮かべた女性の店員さんが、そう話しかけてきた。
「え!? あ、いえ。そういうわけじゃ……。あ、あの。ちょっとお訊きしたいんですけど、これって下着……ですよね? アクセサリーとかじゃなくて」
「うふふっ。はい、下着ですよ。過激ですね、これ。でも、これくらいが殿方は好みなんじゃないのかなと」
「と、殿方の好み、ですか……。で、でも、私なんかがこの下着を着たって別に何も起こらないですよ」
「大丈夫ですよ。お客様、すっごく可愛いですから。お客様がこの下着を身に付けてたら、意中の殿方なんて一発で魅了されちゃいますよ」
陽向葵は完全にしどろもどろ。どころか、ほとんどパニック状態だった。
「べ、べべ、別に、意中でもなんでもないです! その人とはそういう関係じゃなくてですね! ちょ、ちょっと興味を持っただけですので!」
「ふふっ。そうですか。ちなみに、勝負下着ってもうお待ちだったりするんですか?」
「しょ、勝負とかそんな予定ないですし! それに私――」
焦りと恥ずかしさが入り混じり、その上パニック中だったせいで、少女は混乱状態のまま大声をあげた。
「わ、私! 下着は履かない派なので!!」
「……え」
店員さんも、周りのお客さん達も、陽向葵の発言に呆気に取られていた。
(あ……。や、やっちゃった)
「ち、違います! 間違いです! 安心してください! ちゃんと履いてますよ!」
某芸人さんのよなうなことを口にした少女であるが、時すでに遅し。周りから、奇異の目で見られているのを感じた。
(み、皆んなコッチ見てる……は、恥ずかしい……)
下着姿のまま店内をうろうろしようとしていた少女が、こんなことで恥ずかしがるというのも変な話である。
(もう、このお店に来られなくなっちゃった……)
顔を真っ赤に染め、恥ずかしさのあまり俯きながら、少女は手に持っていたワンピースを店員さんにスッと差し出した。
「これ、ください……」
まるで蚊の鳴くような声で、少女は小さくそう伝えた。
「か、かしこまりました」
* * *
「ありがとうございましたー」
お店を出る際に店員さんがそう言ったが、少女の耳には入ってこなかった。パニック状態だったとはいえ、あれはないよなと落ち込んでいたから。
「もう、私は一生、ゾウさんパンツのままでいい……」と。そう、力なく呟く。
(……でも、なんだろう。この感覚)
恥ずかしくて死にそうなのに、胸の奥がぽかぽかしてる。憂くんのことを考えてるだけなのに、と。そんなことを少女は想う。
そして、手提げ袋の中にある、あの真っ白なワンピースを見て心の底から願った。
「――憂くん、このワンピース、可愛いって褒めてくれるかな」
青空を見上げながら、陽向葵は再び顔を綻ばせた。
幼馴染がそう言ってくれる姿を想像しながら。
『第14話 とある少女の幸せ(?)な日常』
終わり