コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夢。
明るく楽しい夢もあれば暗く苦しい夢もある
布団の上の少年は首を絞められたように上手く息が出来ず、酷く苦しんでいた。
ひゅぅ、ひゅぅ、酷く浅い息が暗闇の部屋で木霊する。
普段の部屋は何の変哲もない部屋だが、
今は常軌を逸していた。
静まり返る部屋の中央に敷かれた埃臭い布団で苦しみ踠いている少年。
その少年の首に手を当て、体重を乗せている男性。
あまりにも異様な光景だが、それに口を挟む人物は誰一人いなかった。
男性は笑ってしまうほど冷徹な顔で表情1つ変えず少年を見下ろしていた。
「…や…く…」
首を締められている少年よりも掠れ、苦しそうな声色で男性は呟いた。
そこで少年の記憶は途切れていた。
朝。
少年は昨夜の出来事は夢幻だったのかと安堵し、制服に衣替えする為に服を脱いだ。
刹那 少年は息を呑み、また浅い息を繰り返した。
「なんで、うそ…そんな、…」
朝の陽だまりと鳥の囀りが楽しそうに踊る部屋の中、少年だけは絶望的な顔をして突っ立っていた。
突如脳内に雪崩込む恐怖心、膨大な情報量。
しかし今までも大変な事をこなしてきた少年。
平常心を取り繕い、せっせと衣を変えて朝食を頬張る。
制服の襟で首を隠しているつもりだったが、普段を共にしている弟には異変を簡単に感じ取れていた。
「…兄さん、それどうしたの?その…首」
心配性な弟はいてもたっても居られない、といった様子で必死に問いただした。
「…多分、最上さんが…」
ぼそりと呟かれたその言葉は、弟の感情を乱すのにそう苦労しなかった。
「っな?!最上さんって、前に兄さんが除霊したはずの大悪霊?…エクボ達に報告しないと…!」
爽やかな朝に似合わぬ声色で慌ただしく口を動かす弟を落ち着かせ、少年はさっさと学校へ向かった。
(分からない。何で急に現れるようになったのか、何で僕の首を絞めるのか。正直…怖い。)
俯きながら足を進める。
隣には先程まで大慌てしていた弟が何も無かったかのように澄まし顔で歩いていた。
それから少年の記憶は何故か朧気で、靄がかかったかのように思い出せなかった。
(…僕、今何してる?……律、律は無事?
あれ、律?律って誰?僕は誰?何が起きてるのか分からない。)
ふわふわと空中を漂っているような気持ちで霞がかった白を見詰める。
何故か幸せな気持ちになり、目を閉じた。
が、またあの悪寒が全身を駆け巡り、少年は目を見開かせた。
目の前には長めの髪で顔が隠れていたが、前日少年の首を絞めていた張本人だった。
「っ、かは、…もが、みさ…ど、して」
どうして。
そのたった一言で手が緩められ、少年は咳き込みながら息を吸った。
「はっ、は……最上さん。ここは何処ですか。どうして僕の首を絞めていたんですか?」
未だ苦しそうにしている少年は一重の不細工な眼でキッと目の前の男性を睨み、口早に捲し立てた。
「…律は、律は無事なんですか。」
振り絞ったようにぼそりと呟けば、目の前の男性はやっと口を開いた。
「ここは空想の世界さ。前に君が私を祓う為に入ってきた世界だよ。弟くんも無事さ」
眼の裏に張り付いて離れない冷徹な顔で淡々と口を動かしていた。
しかし、突如酷く悲しげな顔になり、悲痛な叫びを上げた。
「私を…祓って欲しかったんだ。君に。…影山茂夫君に。」
突如、少年は目を見開いた。
(あ…そうだ、僕の名前…茂夫。影山茂夫だ。)
茂夫は名前を思い出した事より目の前の苦しそうに踠く男性を救いたいという想いが強く、胸が引き裂かれそうな想いであった。
今すぐにでも楽にしてあげたい、と。
しかし
「っ…祓い、ません!」
茂夫は強く、それでいて冷静に言い放った。
男の身体が強ばる。
「…何故。何故だ。お願いだ!もう…もう!こんな悪霊にもなって…誰も私を祓えないと思っていたのに。君が現れて…」
悲痛な叫びをあげながらその場に崩れ落ち涙を零す男は、茂夫の目には酷く辛い思いをして来た少年に見えた。
「最上さん、大丈夫ですよ。僕は…いえ、僕が最上さんを理解します。さっき言った通りきっと僕にしか最上さんは祓えない。だから、また最上さんが悪い事した時は祓います。だけど今はまだ、傍にいてください。」
白く細い腕を伸ばせばゆっくり立ち上がり、幼子が母親に甘えるように茂夫の腕の中へ着地した。
そんな時間が暫く続いた頃、茂夫は目を覚ました。
「あっ!!!兄さん!!大丈夫?痛い所は?!」
白い天井に白いベッド。
覗き込む弟に病院特有の香り。
「えっと…何があったの?」
未だ働かない脳を無理に稼働させず疑問のままに問いかける。
「兄さん、いきなり倒れて数日間目を覚まさなかったんだよ。凄く心配したよ。」
涙で潤んだ顔を暫く見つめていたが、突然はっと目を見開き、口を開いた。
「僕、看護師さんに言ってくるね。」
頷き見送れば、ドアから出ていった瞬間に脳内へ声が流れた。
(すまなかったよ、茂夫君。悪い事をしたと思っている。でもまた逢いに来てもいいかい?)
茂夫はくすりと口許を歪め、小声で
「もう首は絞めちゃ駄目ですよ。」
と言ったが、脳内で流れる声は楽しげに否定をした。
(構ってもらいたくて絞めるかもしれないね)
茂夫は何だか可愛く思えて喉元で笑いながら少しだけ強く、母親が咎めるように口を開いた。
「悪い子ですね」