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第九章 広い世界
第二話 消えた一族
帝都の夜は明るい。
通り沿いに並ぶ魔石灯が、橙色の光で石畳を照らしている。
火属性の魔石を利用した灯り。
帝国では、もう当たり前の光景だった。
店先では、風属性の魔石を使った小型冷却箱が静かな音を立てている。
酒場の奥では、氷属性の魔石を利用した冷却器で冷やされた酒が運ばれていた。
魔力を宿した特殊な鉱石――魔石。
それは魔物に対抗する武器や、結界を維持するためだけのものではない。
属性を持つ者によって加工され様々な魔道具へと姿を変える。
灯り、冷却、加熱。
魔力を持たない者でも使える道具を生み出し、人々の暮らしを支えている。
帝国の発展を支えるもの。
それはこうした魔石技術でもあった。
帝都の酒場では、人々は笑い、歌い、酒を飲み交わす。
先日の満月の夜など、まるで悪い夢だったかのように。
「っはぁ〜〜〜!」
シュンタはジョッキを掲げ、豪快に酒を飲み干した。
「久々の酒や〜!」
「やっぱ酒場は最高やなぁ!」
向かいに座る商団の男達が笑う。
「お前ほんと楽しそうだな」
「そらそうやろ」
シュンタは満足そうに笑う。
「城の飯は上品すぎて落ち着かんねん」
「贅沢な悩みだなぁ!」
どっと笑いが起こる。
その勢いのまま、シュンタは隣の席へ視線を向けた。
「なぁなぁねーちゃん、良かったら一杯――」
「え〜! お兄さん軽すぎ!」
「傷つくわぁ」
そう言いながらも、その顔はずっと笑っている。
だが、シュンタの耳は、周囲の喧騒を絶えず拾い続けていた。
笑い声。
話し声。
噂話。
誰も気付かないほど小さな会話まで。
「聞いたか? この前の帝都の事件」
「ああ、黒髪のやつが魔物を吸い込んだって話だろ?」
「んなもん人間じゃねぇよ……」
「教会の神官が行方不明らしいぜ」
「うちの息子なんて魔力使い過ぎて二日寝込んだわ」
「でも最近、魔物減ったよな」
「隣町まで行きやすくなったのは助かる」
「こないだ氷晶の王子見たのよ!」
「ホント!?」
「彫像みたいに綺麗だったわ〜!」
「でも一緒に黒髪の人と歩いてたの!」
「え〜! 信じらんない!」
シュンタは笑いながら、聞こえてきた情報を頭の中で整理していく。
――ジントの話、思った以上に広がっとるな。
救世主。
化け物。
黒髪の少年。
噂はもう止まらない。
教会もこのまま静観はせんやろな。
そんなことを考えていた時だった。
酒場の奥。
少し離れた席で話していた男達の声が、ふと耳に引っかかった。
「……だからよ、昔旅してた時に見たんだって」
「何を?」
「白霧山の麓に、妙な村があったんだよ」
シュンタの目が細くなる。
白霧山。
帝国南部。
広大な森のさらに先。
境界のようにそびえ立つ巨大な山脈。
険しい霧と深い森に阻まれ、滅多に人が近づかない場所だ。
「ミストア村のことだろ?」
もう一人の男が鼻で笑う。
「違うよ」
「ちゃんとした村じゃなくてさ」
「もっと奇妙な村が、確かにあったんだ」
男は酒を煽りながら続ける。
「十年以上前かな」
「旅の途中で道に迷ってさ」
「そしたら山の麓、森の奥に小さな集落があったんだよ」
「建物なんて十軒くらいしかねぇ、本当に小さい村だった」
シュンタは静かに耳を傾ける。
「でもなんか妙だったんだよなぁ……」
男は眉をひそめる。
「村の入口に、見たことねぇ石が埋め込まれててさ」
「石?」
「ああ」
「変な紋様が刻まれてた」
「それが光ってて……」
「まるで結界みたいだった」
結界。
シュンタの表情が僅かに変わる。
「村の連中も妙に外を警戒してたな」
「みんなフードを被って隠れるみたいに生きててよ」
「水と食料だけ分けてもらって」
「早くここを出ていけって追い返された」
「なんだよそれ……気味悪ぃな」
男達は笑う。
けれど、シュンタは笑わなかった。
胸の奥へ、小さな違和感が残る。
白霧山。
地図にない村。
外部を警戒する人々。
見たことのない石。
それらが、一本の線で繋がりかけている。
――これは……。
シュンタはゆっくり立ち上がる。
「ん?」
商団の男が顔を上げる。
「どした?」
シュンタはいつもの軽い笑みを浮かべた。
「ちょーっと気になる話、見つけてもーてな」
そして男達の席へ歩いていく。
「兄ちゃんら」
「今の話、もう少し詳しく聞かせてもらえへん?」
軽い声音。
けれどその赤い瞳だけは、鋭く光っていた。
――これは、調べる価値がある話かもしれんな。
◇
翌日、帝国城の一室では、紙をめくる音だけが静かに響いていた。
机の上には、古い文献や歴史書が山のように積まれている。
ハヤトはその中央で、一冊の古文書へ目を落としていた。
昨夜からほとんど眠っていない。
だが今は、少しでも多くの情報が必要だった。
月蝕の子。
月属性。
そして、月の一族。
そこへ軽い足音が近づいてくる。
「おっはよ〜……って、うわ」
執務室へ入ってきたシュンタが、机の惨状を見て顔を引きつらせた。
「相変わらずえげつない量読んどるなぁ……」
「お前が酒を飲んでいる間も働いていたからな」
ハヤトは視線を上げずに返す。
「うわ、嫌味や」
シュンタは肩をすくめながら、近くの椅子へ腰を下ろした。
「で?なんか分かったん?」
「その前に」
ハヤトは顔を上げる。
「お前の方はどうだった」
そう聞かれ。
シュンタの表情が少し変わる。
「……ちょーっと気になる話、拾ってきたで」
昨夜酒場で聞いた話。
白霧山。
山麓の小さな村。
外部を警戒する人々。
見たことのない石。
十年前、偶然迷い込んだ旅人が見たという隠れ里。
話し終える頃には、ハヤトも完全に考え込んでいた。
「……山の麓の隠れ里、か」
小さく呟く。
シュンタは机へ肘をつきながら、眉を上げた。
「やっぱり怪しいよな?」
ハヤトは少し黙った後。
積み上げられた本の中から、一冊を抜き取った。
革表紙がひどく古びた、分厚い文献だった。
「俺も古い資料を調べていて、いくつか手掛かりらしきものを見つけた」
そう言って、本を開く。
黄ばんだページ。
そこに描かれていたのは、見たことのない紋章だった。
円を描く銀線。
その中心で輝く、三日月に似た紋様。
どこか神秘的で、静かな印象を受ける。
「これは……」
シュンタが覗き込む。
「“月の紋章”と書かれている」
ハヤトが静かに言った。
「約三百年前の資料だ」
シュンタは思わず目を見開く。
「そんな昔の……」
ハヤトはさらにページをめくった。
そこには、月属性についての記述が残されていた。
傷を癒す力。
精神錯乱を鎮める力。
高い瘴気感知能力。
強力な結界を張る能力。
そして、闇を正常に還す力。
シュンタは小さく息を漏らす。
「……なんか昔話みたいに聞いたことはあったけど」
「ほんまに実在しとったんやな……」
ハヤトは静かに頷いた。
「教会の権威が急激に強まり始めたのも、この頃からだと言われている」
その言葉に、シュンタの表情が変わる。
「……前の月蝕の子の時代か」
「ああ」
部屋の空気が少し重くなる。
ハヤトは文献へ視線を落としたまま続けた。
「月属性は、太陽信仰を揺るがす存在として教会から敵視された」
「太陽神のみが救済である」
「それが教会の教義だからな」
「もし別の“救い”が存在すれば、人々の信仰は揺らぐ」
静かな声だった。
だが、その内容は重い。
「迫害は長く続いたらしい」
「そして月の一族は、歴史から姿を消した」
「彼らが存在したという資料自体も、ほとんど残されていない」
シュンタは苦笑する。
「……なるほどなぁ」
「教会らしいわ」
ハヤトは何も答えなかった。
窓の外では、朝の光が帝都を照らしている。
人々は今日も、当たり前のように生きている。
だがその平穏の裏で、長い歴史の闇が少しずつ姿を現し始めていた。
コメント
1件
うわあ、今回のエピソードめっちゃ面白かったです!特に帝都の魔石技術の描写から一気にシュンタの情報収集に切り替わる流れが自然で、世界観の広がりを感じました。月の一族と教会の因縁が少しずつ明らかになってきて、設定マニアとしては胸熱です…!白霧山の隠れ里と月の紋章、これがどう繋がるのか続きが気になりすぎます(笑)
#ご本人様には関係ありません
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莉心
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Yuna
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