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『預言者のメモ⑤』
───何が起こっているんだ。
そのニュースを見たとき、俺はそう思った。
ハムおじさんこと大西茂(おおにし しげる)の遺体は、なぜか相浦(さがうら)家にあった。
それも、天井から宙吊りの状態だったらしい。
そして、彼の右手もまた無かったという。
それだけでも充分異常なことなのに、この家からさらに”複数”の白骨死体が見つかった。
どれも若い女性のものだと警察関係者は話していたそうだ。
(頭がパンクしそうだ……)
俺は押し寄せる情報の波と、大西茂の行なったことへの不快感でおかしくなりそうだった。
さらに、何故か佐々木志保(ささき しほ)さんの遺体も相浦家で見つかった。
右手が無い状態で。
これは一体、どういうことなのか。
佐々木志保さんと大西茂は何かしらの関係があったということなのだろうか。
その辺りのことも含めて、警察では捜査を進めているとのことだった。
俺はもう一度、蛍太からもらった小さな便箋を取り出し、中身を確認する。
✽✽✽
『預言者のメモ』
あなたの住む街で、連続殺人事件が起きます。
被害者は5名。
皆、右手が失われています。
一人目:霧島 唯
二人目:小宮 祥太
三人目:大西 茂
四人目:佐々木 志保
五人目:平良 徹
次に殺されるのは一体誰で、何を失うのでしょう?
✽✽✽
霧島唯(きりしま ゆい)は、山中で殺害された。
小宮祥太(こみや しょうた)は、廃工場で遺体が発見された。
大西茂(おおにし しげる)は、相浦家で遺体が発見された。
佐々木志保(ささき しほ)も、相浦家で遺体が発見された。
残る一人は、平良徹のみ。
順当にいけば、というと不謹慎だが、次に遺体となって発見されるのは彼だ。
ここまでの傾向を見ると、霧島唯は菊原親子殺人事件に関与しており、過去にもいくつか軽犯罪を繰り返していた。いわば、”悪い人間”だ。
小宮祥太は、怪我をして好きだったバスケットボールを諦めなければならなくなったある種の”被害者”でもあるが、警察の調べでは同級生を別荘で惨殺した中村を殺害した犯人だと言われている。SNSでは擁護する声も多いが、彼もまた”人を殺めた人間”だ。
大西茂は、子供好きの元警察官を装っていたがその実態は悪質極まりない。多くの若い女性を相浦家で殺害していた。”狂気の殺人鬼”と言ってもいいのかもしれない。
「だが……」
俺は、大きくため息をついて佐々木志保の名前を見る。
彼女については、ほとんど情報が無い。
大貫(おおぬき)と市井(いちい)に教えてもらった”まとめサイト”にも、佐々木志保は普通の会社員であることしか書かれていない。
テレビのニュースでインタビューを受けた同僚は、彼女について「後輩を気遣うことのできるいい人だった」と涙ながらに語っていた。
彼女にも、まだ明るみに出ていない”後ろ暗い”ところがあるというのだろうか。
(そうだったとしても、だ。殺して良い理由にはならない。たとえ、何があったとしても人を殺すなんて……)
俺はスマホの画面を見つめる。
『預言者のメモ』を受け取ったあの日から、蛍太からの連絡は無い。
一度だけ、勇気を出して電話をかけたが出てくれなかった。
蛍太から折り返しの電話が無かったのも、初めてのことだった。
俺の中で蛍太に対する不信感が積もる。
そして、一度深く深呼吸すると、意を決して蛍太にメッセージを送ることにした。
《いい加減、ヒントぐらい寄越せ!》
(ビビってんのは重々承知の上だし、もっとがっついて何か聞くべきなのかもしれない。けど、蛍太がこの事件に関与していることは明らかだし、下手に刺激するのも……って、全部言い訳だよな…)
俺はスマホの画面を伏せて置くと、頭を抱える。
(今まで蛍太が俺に持ってきたミステリークイズは、手の込んだものもあったがヒントを貰わなくても解けるものばかりだった。だから、これも本当はヒントなんて必要ないはずなんだ)
俺は顔を上げ、便箋を見つめる。
(俺は何かを見落としているのか、それとも考えすぎなのか……)
───コンコンッ
背後でドアを叩く音がした。
「どうした?」
俺が答えると、ドアが開いて珠奈(みな)が顔を覗かせる。
「お風呂湧いたけど、入るかなって…」
「ああ、入るよ。そうか、もうそんな時間か」
グッと背伸びをして立ち上がる。
帰ってからずっとパソコンに向き合って事件について調べていたから、腰や肩が痛い。
「やっぱり、夏休みに入るまで仕事は忙しいの?」
「え?あ、ああ…いや、そんなことないけど」
珠奈の視線はパソコンの画面に向けられたので、慌てて閉じる。
「物騒な事件が最近多いだろ?それで、注意喚起の文章を考えてたんだ。生徒が巻き込まれないように」
「確かに、右手の無い死体の事件でしょ?みんな噂してる。不気味だねって」
「ああ。目的もまだわかっていないし、いつどこで誰が犠牲になるかわからない。だから、戸締りはちゃんとしておかないと」
「うん、そうだね」
珠奈は神妙な面持ちで大きく頷いた。
俺が浴室に向かうと、とてもいい香りが漂ってきた。
これは、入浴剤だろうか。
「今日、車の保険を見直したらディーラーさんがバスソルトをくれたの。蒼が疲れてるみたいだから入れてみたよ」
そう言って珠奈は空になった入浴剤のパッケージを見せてくれた。
”心地よい睡眠を促す森林浴の香り”と書かれていた。
湯船に浸かって深呼吸すると、ざわついていた頭の中がゆっくりと静まっていく感じがした。それに加えて塩(ソルト)が入っているので、体の芯から温まると緊張していた体がほどけていく。
(はぁ〜…極楽だぁ〜。現実で起こっているすべての暗い出来事が蛍太と無関係なら良いのに…)
蛍太から『預言者のメモ』なんか貰わなければ、俺も他の人と同じように巷で噂される奇妙な事件は他人事で流せたのかもしれない。
現実から逃げても何も解決しないとわかっていても、俺は事件のことを脳みその片隅に押しやって風呂からあがると珠奈の手料理を食べる。
他愛の無い話に花を咲かせて、夏休みのいつごろ珠奈の実家に帰るか決めて、布団に入る。
珠奈の大きくなったお腹を撫でて、「早く会いたいなぁ」なんて言えば珠奈は笑いながら「もうちょっと先かなぁ」と答える。
夢と現実の境目を行ったり来たりしていると、スマホの音で目を覚ます。
メッセージが届いた音だ。
俺は眠い目を無理やりあけて、スマホの画面を見ると蛍太からメッセージが届いていた。
《ヒントはこれ》
その文字の後に送られてきたのは、”たぬき”のスタンプだった。
(”たぬき”?どういうことだよ)
首を傾げて、その意味を理解しようとしたがバスソルトの効果だろうか、あっさりと眠気に負けてそのまま寝落ちしてしまった───。
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羽海汐遠
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