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立秋 芽々(りしゅう めめ)
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『ミステリークイズ①』
土曜の夜。
雑居ビルの四階にある居酒屋には、多くの人が集い賑やかだった。
そのお店の奥にある個室に通されるや否や俺はすぐに生ビールを注文し、運ばれてくるとすぐに口を付けた。
キンキンに冷えた苦味のある液体が喉を抜け、胃に落ちると何とも言えない幸福感に満たされる。
「ぷはぁ~!!あ〜やっと採点地獄から解放された……」
勢いよくジョッキをテーブルに置くと、タブレットで食事を注文しようとしている蛍太(けいた)が顔を上げた。
「お疲れさん。何か食べたい物ある?」
「なんでも。肉でも魚でも何でもいいよ」
「りょーかい」
蛍太はタブレットを操作して料理をいくつか注文したようだった。
何を頼んだかは知らないが、蛍太の見立てなら問題は無い。
この店も蛍太がずっと気になっていたようで、期末テストが終わったら絶対行こうと誘われていた。
「珠奈(みな)ちゃんも連れてくればよかったのに」
少し泡の減ったビールを口に運びながら蛍太は言う。
珠奈は俺の奥さんだ。
「珠奈は今妊娠中だって言っただろ?」
「あ、そうだった。……そっか、蒼(あおい)はもうパパになるんだ…」
そう言って蛍太が感慨深そうに、遠い目をする。
「田んぼでタニシを手のひらいっぱいに捕まえてた蒼が……」
「いつの話してるんだよ」
呆れて言うと蛍太は”へらっ”と笑う。
「6歳ぐらいの話」
「もう、二十五年前の話じゃないか。それに、タニシを捕まえてたのは蛍太も一緒だろ」
「だね。懐かしいなぁ……」
懐かしむ幼馴染を尻目にビールを飲み干すと、タイミングよく料理が運ばれてきた。
「性別はもうわかった?」
「いや、まだだ。男が産まれたら厳しく育てる未来しか見えない…」
「いやいや、わかんないよ。産まれてきて、その腕で抱きしめたらまた違う未来が見えるかもしれないし」
「どうかなぁ……」
「何より厳しく育てるのは悪いことじゃないだろ?」
「親父と一緒なのが嫌なんだよ」
そう言ってビールを飲む。先程より少し苦い気がしたのは、きっと気のせいだろう。
「蛍太の方はどうなんだ?」
俺は話題を逸らす意味も込めて、蛍太に尋ねる。
「まだ遊びたいんだ」
そう言ってまた”へらっ”と笑いやがった。
「いやいや、もういい歳だぞ?いつまでもそう女性が相手に……してくれそうだな、お前は」
「うん」
その自信満々の笑みが嫌味にならないほど、蛍太は男前である。
女子にはモテたし、バレンタインには山程チョコを貰っていた。
付き合った女性の数を蛍太自身は把握していないだろうが、俺の記憶では五十人を超えている。
それだけ女遊びをしていながら、一切後腐れ無く別れているのが凄いと思う反面、まったく身を固めない幼馴染の将来を俺は心配してしまう。
「蒼が最後に、僕の骨さえ拾ってくれればいいんだよ」
なんて呑気なことを言って、刺身を口に運ぶ。
モテる男は、きっとモテる男なりに大変さがあるんだろうと思うが、三十を超えて平気でまだ女遊びを続けたいというその神経は、正直どうかと思う。
「わかった、骨ぐらいは拾ってやるよ。蛍太はいつか女に背後から刺されそうだしな」
「えーそれは無いと思うけど……」
言いながら、少しだけ蛍太は眉間に皺を寄せた。
「あ、そうだ。最近職場の方はどんな感じ?相変わらず忙しいんだろうけど」
「そうだなぁ、忙しいっちゃあ忙しいかな。あっ!前に言ってたダブル不倫してた奴らがいるって言ってたの覚えてるか?」
「覚えてるよ。職場でもいちゃついてて腹が立つって言ってたね。何か進展あったの?」
「奥さんが職場に乗り込んできたんだよ」
「わぁ〜……」
「俺は現場にいなかったけど、目撃した人の話によればなかなかの修羅場だったらしい。浮気相手の女を平打ち食らわせて、旦那の前髪を毟り取ったとか…」
「うわぁ…凄いね…」
「んで、結局、旦那の方は転勤して、女の方は休職中。でも、復帰はできないだろうなぁ…」
俺はそう呟いて、揚げ出し豆腐を頬張る。
二人の不倫と奥さんが乗り込んできた話は、生徒たちに大ウケで箝口令をしいても意味をなさなかった。
休職中の彼女も、戻ってきたところで浮気した女のレッテルを貼られた教師の言うことなど、誰も聞くはずがない。
「ってことは、それで少しは落ち着いたのかな?」
「そうだな。今はみんな真面目に働いてくれてるし、職場環境は良くなったと思う」
「そう、それはよかった」
蛍太は嬉しそうに笑い、ビールを飲み干した。
「そういう蛍太は今、どうなんだ?」
「僕?今、無職なんだ」
蛍太はあっけらかんとして言う。
「は?前の職場は?」
「訳あって辞めたんだ」
「なんだよ、もったいないな」
「大丈夫、すぐ新しい職場見つけるから」
「それならいいけど……お前、ヒモとかになるなよ?」
「ヒモねぇ…仕事辞めたあとそれもいいかな?って一瞬思ったけど」
「おい」
「絶対、蒼に怒られると思ってやめた」
「そうか、そりゃよかった」
こんな感じで月に何回か蛍太と飲みに行く。
お互い職場の愚痴を言ったり、くだらない話をしたり、昔話しに花を咲かせたりといつ会っても話す話題は尽きなかった。
結婚して、子供ができたとしても、蛍太との関係が薄くなるようなことはしたくない。
楽しい時間はあっという間だ。
「今日も終電だけど、珠奈ちゃんに怒られない?」
「昨日まで死ぬほど働いてる姿見てるから何も言わないだろ」
「それならいいけど……あ、そうだ、久しぶりにミステリークイズ作ったんだけど、やってみる?」
「うわっ!懐かし!昔はよく作ってたよなぁ」
「うん。ほら、無職になって暇だし」
「クイズ作る前に職探せよ」
「だね」
俺が呆れたように言うと、蛍太は楽しそうに笑って花柄の可愛らしい小さな封筒を差し出してきた。
「はい、これ。今回は自信作だから、明日の朝にでも見てね」
「りょーかい」
俺は小さい封筒を受け取り、財布の中にしまう。
「じゃ、またね」
「おう、またな」
駅前で別れて、俺は終電に乗り込む。
(ミステリークイズ…か…)
財布の中から小さな封筒を取り出し、じっと見つめる。
高校生のときに俺がミステリーが好きだって知ってから、蛍太が勝手にやりだしたことだ。
自作のミステリークイズ。
犯人当てのようなものもあれば、トリックを解き明かすようなものもあって、これがなかなか面白かった。
時間があるときにはストーリー仕立てのクイズなんかも作ってきて、下手なミステリー小説を読むよりも楽しかったのを覚えている。
これが実は初めて恋人ができてうつつを抜かしている俺に対しての当てつけだったと知ったのは、大学を卒業したあとのことだった。
ちなみにそのとき付き合っていたのが今の奥さん、珠奈だ。
そんな懐かしいことを思い出しながら、俺は帰路についた。
俺は蛍太の言うことを守り、少し二日酔いが残る翌朝に開封した。
中には一枚の便箋が入っていて、以下のような文章が書かれていた。
『預言者のメモ』
あなたの住む街で、連続殺人事件が起きます。
被害者は5名。
皆、右手が失われています。
一人目:霧島 唯
二人目:小宮 祥太
三人目:大西 茂
四人目:佐々木 志保
五人目:平良 徹
次に殺されるのは一体誰で、何を失うのでしょう?
「……え?これだけ?」
俺は便箋の裏を見たが、そこには何も書かれていない。
(いや、さすがにこれだけじゃわからないだろ…)
俺は呆れたようにため息をこぼした。
(なんだ?それとも、こっからなんかヒントが出されるのか…いや、暇を持て余している蛍太ならやりかねない…)
スマホに手を伸ばした俺の耳に、ニュースキャスターの澄んだ声が入ってきた。
「……先日発見された遺体の身元がわかりました。遺体となって発見されたのは、市内に住む霧島唯(きりしま ゆい)さん24歳───」
「はい?」
俺は顔を上げ、テレビを見る。
そこには遺体が遺棄されたと思われる山と、若くて可愛らしい女性の写真が映っていた。
「霧島さんの切断された右手はいまだ見つかっておらず───」
そのあとの言葉は耳に入ってこない。
霧島唯。
切断された右手。
手元の便箋に視線を落とした瞬間、背筋に冷たいものが一気に駆け抜けていった。