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第11話「ワカケの輪」
ある日、風間琴葉が出勤の準備をしていると、鏡の前に見慣れない少女が立っていた。
鮮やかな草のような髪は腰まで長く、毛先に向かってやや明るくなるグラデーション。
スカートの裾は丸く切りそろえられ、尾羽のように左右がくるんと跳ねている。
左目の下にうっすら描かれた、輪っかのタトゥー。
楽しげな笑顔のまま、背筋をぴんと伸ばして、彼女は言った。
「やっぱり輪っかは、プロポーズでしょ!」
「……え?」
琴葉が手に持っていたのは、さっき床に落ちていたただの髪用の輪ゴムだった。
「それ、今朝くれたでしょ?ベランダに置いてあった!わたしのとこに!」
「えっ、それ落ちただけ……」
「違うもん。恋の証拠。これは“求愛の輪”!」
そう叫んだ少女は、両手を広げて勢いよく指さした。
「私はワカケホンセイインコ!あんたが“輪”を贈ったから、もうペア成立!ということで今から同棲します!」
琴葉は混乱しながらも、その子の肩にちらちらと見える、小さな緑の羽根に気づいた。
「……ほんとにインコ?」
「ほんとだよ!ついに擬人化までこぎつけたし!この日のために毎朝語彙練習してたし!」
「語彙……?」
「ね、“あい”って何文字?」
「……三文字」
「よし、合格。じゃあ愛し合おう!」
「待って待って、早い!」
けれど、彼女の目は本気だった。輪ゴムひとつを“告白”と信じて全力で飛び込んでくる、そんな真っ直ぐさ。
「好きな人にだけ、輪っか持っていくのがワカケの恋ルールなんだから!」
琴葉は思わず笑ってしまう。
強引で、突拍子もない。でも、どこかまぶしい。
「……いいよ。じゃあひとまず、朝ごはんから」
「やった!愛のスタートは、納豆からだね!」
「なんで納豆!?」
その日、風間家に新しい羽ばたきが加わった。
それは、ちょっと騒がしい恋の始まりだった。