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第12話「カモメの約束」
休日、風間琴葉はひとり、久しぶりに海辺の町を訪れていた。
小学生の頃、夏休みを何度か過ごした港町。
今日ふと訪れたのは、思い出というより「風の匂い」に引かれたからだった。
海沿いの防波堤に座っていると、波の向こうから現れたのは、シャツにうす青のジャケットを羽織った青年。
くせのある柔らかい白髪、首筋から肩にかけてうっすらと銀の羽のような模様。
長い脚で岩の上をひょいと飛び移り、琴葉の隣に座った。
「……来たんだ。久しぶり」
彼の声は、なつかしさを含んだ潮風のようだった。
「あなた……誰?」
「そっか、覚えてないか。君、昔この町で、カモメにパンくれてたよね。
そのカモメ、ぼく。擬人化、ちょっと遅れたけど」
「……え、うそ。あの……鳥?」
「うん。右の羽が少し欠けてたやつ」
琴葉は息をのむ。確かにその羽は、当時の彼女が“キズカモメ”と名づけて、ひと夏だけ話しかけ続けていた相手だった。
「覚えてる……。でも、まさか……」
「君、言ったんだよ。『また会おうね』って。
だから、ずっと飛んでた。君に届く場所まで」
海の風が二人の髪をなでる。
青年の目は、波打ち際よりもずっと穏やかで、そしてまっすぐだった。
「ぼく、あれから世界の風をたくさん知った。でも君の言葉だけがずっと、くっついてた。
だから、ここで待った。君の記憶が、ぼくを引き戻すまで」
琴葉はゆっくりと頷いた。
「……また会おうって、言ってよかった」
「なら次は、約束じゃなくて“予定”にしようよ。
また会おう、じゃなくて、“明日も来て”ってさ」
彼の差し出した手は、潮風に温められていた。
それは、時間を越えて届いた、カモメからのラブレターだった。
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