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第6話:浅雛の「告白」
コンテナハウスの外から近づいてくる、雨音を割るような激しい足音。
遠藤の仲間である警察の応援か、あるいは律の持つデータを狙う別の襲撃者か。緊迫した空気が室内を支配した、その一瞬の隙だった。
「がはっ……!?クソッ、離せ……!」
床に組み伏せられていたはずの浅雛が、獣のような俊敏さで身をよじった。
手錠をかけられた両手を器用に使い、自らのジャケットの裏ポケットから、小型の特殊スタンガンを抜き放つ。
「何っ……!?」
遠藤が気づいた時には遅かった。浅雛は躊躇なく、遠藤の脇腹へと電撃の走る先端を突き立てた。
凄まじいスパークの音とともに、遠藤の屈強な身体が大きく跳ねる。
「く……あ、づ……っ!!」
あの美しき刑事が、苦悶に顔を歪めて膝をついた。強烈な電流に筋肉が硬直している。だが、遠藤は超人的な執念で意識を保ち、倒れ込みながらも律の服の裾を掴もうと、綺麗な長い手を伸ばしてきた。
「行かせる、か……氷室……っ!」
「すみません、イケメン刑事さん。先輩は僕がもらい受けます」
浅雛は遠藤の手を容赦なく蹴り払うと、律の手首を強く掴んだ。
「先輩、走って!!」
律の脳内は、浅雛の驚異的な身体能力と隠し持っていた武器、そして「警察を襲撃した」という不条理な行動データへの疑問でパンクしかけていた。しかし、遠藤のジャケットを羽織ったまま、彼女の身体は浅雛に引かれるがままに、裏口の割れた窓から外へと飛び出していた。
豪雨の闇の中、浅雛が用意していた旧型の軽自動車に滑り込む。
浅雛は手錠が擦れて血の滲む手でハンドルを握り、アクセルを限界まで踏み込んだ。車輪が泥を跳ね上げ、コンテナハウスを瞬く間に置き去っていく。
*
ワイパーが激しく往復する静かな車内。 暖房の風が唸りを上げているが、空気は凍りついたように冷たかった。
律は助手席で、膝の上にノートパソコンを広げたまま、横顔の浅雛をじっと見つめた。いつも大型犬のように笑っていた後輩の顔から、今は完全に笑みが消えている。「浅雛。説明を要求します」
律のトーンは、どこまでもフラットだった。
「大河内室長の不正ログに残されていた端末IDは、間違いなくあなたのものでした。そしてあなたは今、警察官を襲撃して逃亡した。私の脳内ロジックでは、あなたを『真犯人の仲間』と定義するのが最も確率が高い。……何か反論は?」
赤信号で車が止まった。
浅雛はハンドルを握る手にぐっと力を込め、それから、ゆっくりと律の方を振り向いた。
街灯のオレンジ色の光が、彼の濡れた前髪と、どこか悲しげに歪んだ唇を照らし出す。
「……先輩の言う通りですよ」
浅雛は、絞り出すような声で微笑んだ。その目は、泣き出しそうなほど切ない光を帯びていた。
「僕、大河内室長のデータの改ざんを手伝っていました。室長に脅されて、未承認薬のデータを裏組織に流すパイプ役をさせられていたんです。……最低ですよね」
「やはり」
律は淡々と答える。だが、羽織っている遠藤のジャケットのポケットを、指先が不自然に固く握りしめていた。
「だったら、なぜ私を助けたのですか? あなたが真犯人の一味なら、私を警察に逮捕させるか、あるいはここで処理するのが最も合理的です。なぜリスクを冒して私を連れ出した?」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
浅雛は突然、助手席の律に向かって身を乗り出した。
シートベルトが軋む。浅雛の熱い両手が、律の冷え切った両手を包み込んだ。手錠の金属が、カチリと冷たい音を立てて律の肌に触れる。
「大河内室長を殺した本物の黒幕は、最初から先輩を犯人にするつもりで動いていました。部屋に毒を仕込んだのも奴らです。……もし僕が黙ってたら、先輩は一生、殺人犯として暗い刑務所に閉じ込められるか、最悪、裏の組織に消されていた」
浅雛の瞳に、激しい感情の炎が宿る。「先輩は感情が薄いから、自分がどれだけ酷い目に遭おうとしてるか、分かってないんだ!あいつらは、先輩のその綺麗な頭脳も、未来も、全部奪おうとしてる。……そんなの、僕が許さない」
「浅雛……?」
「僕は泥を被ってもいい。犯罪者になってもいい。……世界中を敵に回したって、今度は僕が、先輩を守るって決めたんです。だから――僕を信じてください」
浅雛の切実な告白。
それは、合理性やパズルで構成された律の世界には、決して存在しないはずの「無償の、そして歪んだ愛情」だった。
他人の感情に一切同期しなかった律の胸の奥で、ドクン、とこれまでで最も大きなバグ(鼓動)が跳ね上がった。
しかし、その感動的な空気を切り裂くように、車の後方から、激しいサイレンの音が響き渡った。
バックミラーに映ったのは、猛スピードで迫り来る、見覚えのある一台の黒いセダン。
フロントガラスの向こう。
激しい雨に打たれながら、鬼のような形相でハンドルを握る、あの狂暴なまでに美しい刑事が、すでにすぐ後ろまで迫っていた。
#創作
こと
29
#第3回テノコン
ひなーびぃ@続編連載中✌️
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コメント
1件
ああ、もう、浅雛くん……! まさか彼が裏で動いてたなんて衝撃でした。でも「先輩を守る」ってあの目で言われたらもう何も言えなくなっちゃいますね。氷室さんの薄い感情にようやく「バグ」が起きた瞬間、すごく好きです。ラストの遠藤さんの執念、怖いくらいで最高の引きでした!