テラーノベル
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仁人は、昔から大事なことほど言わない。
それが優しさなのか、諦めなのか、俺にはずっと分からなかった。
楽屋のソファに沈み込みながら、俺はスマホを弄るふりをして、斜め向かいに座る仁人を盗み見る。
台本を膝に置いて、静かにページをめくる横顔。
表情は穏やかなのに、どこか遠かった。
『…なあ、仁人』
声をかけると、少しだけ間があった。
「ん?」
顔を上げる。
視線が合う。
その一瞬、何かを測られている気がして、俺は言葉を飲み込んだ。
『いや、なんでもない』
「そう?」
仁人はそれ以上踏み込んでこない。
いつもそうだ。
聞いてくるくせに、追いかけてはこない。
昔はそれが楽だった。
踏み込まれない距離感が、大人っぽくて、心地よくて。
でも最近は違う。
俺たちは同じグループで、同じ時間を過ごしているはずなのに、仁人だけが少し先を歩いている気がする。
俺が見ていない何かをもう知っているみたいに。
『今日さ、取材多かったな』
俺がそう言うと、仁人は「だね」と短く笑った。
それだけ
本当は、聞きたいことがあった。
最近、俺の名前を呼ぶ時だけほんの一瞬ためらう理由とか。
前なら当たり前に覚えてたはずのことを、確認するように聞いてくる理由とか。
でも言えなかった。
言ったら、何かが壊れる気がして。
楽屋を出る時間になり、スタッフに呼ばれる。
立ち上がった拍子に頭が少しふらついた。
「おぉ…大丈夫?」
仁人がすぐに立ち上がって俺の腕を掴む。
『わり、平気』
本当は平気じゃなかった。
でも言えなかった。
仁人の手は昔と変わらずあったかい。
なのに、その温度を確かめるみたいに、俺は一瞬だけ力を入れてしまった。
仁人は何も言わずに手を離した。
移動中の車内、隣に座る仁人は窓の外を見ている。
その横顔を見ていると、不安が胸に溜まっていく。
俺は仁人に信用されていない。
そう思う理由はいくつもあった。
大事な話はいつも後回し。
俺の知らないところで、話が進んでいる感じ。
それを指摘すると、仁人は決まってこう言う。
「勇斗には、まだ言わなくていいかなって思っただけ」
"まだ"
その言葉が、ずっと引っかかっている。
家に帰って、ベッドに倒れ込む。
天井を見つめながら、今日の会話を反復する。
____俺、何か隠されてるよな。
そう考えると、胸が苦しくなる。
スマホが震えた。
画面を見ると仁人からのメッセージ。
《今日は早めに休みな。無理すんなよ》
短い文なのに、なぜか指が止まる。
前なら素直に「ありがとう」って返してた。
でも今は違う言葉が浮かんでしまう。
____どうしてちゃんと話してくれないんだよ
結局、俺は「おやすみ」とだけ返した。
画面を閉じたあと、急に不安が膨らむ。
もし、仁人が俺から離れていったら。
もし、俺が知らないところで全部終わっていたら。
考えすぎだって分かってる。
それでも、頭の奥で嫌な予感が消えない。
____仁人は、俺を守るつもりで壁を作ってるんじゃないか。
そんな勝手な結論を俺は信じ始めていた。
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