テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
最近、自分の記憶に自信がなくなってきている。
そう気づいたのは、仁人との会話が何度も噛み合わなくなってからだった。
『この前のリハ、結構きつかったよな』
スタジオの隅で俺がそう言うと、仁人は一瞬だけ眉を動かした。
「……この前って、どれのこと?」
その言い方が、引っかかった。
『え? 先週のさ、夜までやったやつ…』
「先週はそこまで遅くなってないよ」
はっきりと言われて、言葉に詰まる。
『いや、なっただろ。22時過ぎて__』
そこまで言って、止まった。
仁人は否定しない。
ただ、俺をじっと見ている。
「勇斗、最近…」
『ん?』
続きの言葉を待つ。
でも仁人は、首を横に振った。
「いや、いい」
その"いい"が妙に優しかった。
俺は笑って誤魔化す。
『ごめん、俺の勘違いかもな、笑』
そう言いながら、胸の奥がざわつく。
勘違い?
本当に?
その日の帰り道、歩きながら昔のことを思い出していた。
デビュー前
何も分からなくて、怖くて、でも楽しくて。
俺はいつも仁人にくっついていた。
「勇斗は前だけ見てればいいよ」
そう言って、先に行く背中。
当時はそれが頼もしかった。
俺より年下なのにリーダーを任されて、少々重荷になっているんじゃないかと思っていたけど。
でも今は、その距離が怖い。
____置いていかれてるんじゃないか。
そんな考えが頭を離れない。
家に帰って、机の引き出しを開ける。
何を探していたのか分からないまま、古いメモ帳を見つけた。
ページをめくる。
スケジュール
歌割りのメモ
そして、見覚えのない空白
その日付を見て、息が止まる。
『…この日、何してたっけ』
思い出せなかった。
スマホを開いて写真を遡る。
同じ日付の写真がない。
代わりに、次の日の写真があった。
仁人と並んで写っている。
俺は笑っているのに、仁人の目はどこか痛そうだった。
その夜、珍しく仁人から電話が来た。
「今、大丈夫?」
『うん』
声を聞いた瞬間、少しだけ呼吸が楽になった。
「勇斗さ…最近、無理してない?」
その言葉に胸が詰まる。
『別に…してない』
即答だった。
でも、本当かどうかは自分でも分からない。
「もしさ」
仁人がゆっくり言う。
「忘れてることがあっても、自分を責めなくていいから」
『…は?』
意味が分からなくて、思わず声が低くなる。
『どういう意味?』
「いや…なんでもない」
また、それだ。
俺は苛立ちを抑えきれずに言った。
「仁人ってさ、俺に言わないこと多すぎじゃね?俺ってそんな信用ない?」
電話の向こうで、息を吸う音がした。
「…言わないんじゃない」
仁人の声が、少し震えている。
「言えないだけ」
その言葉に、胸が痛くなる。
『そ…。俺は信用ならないってことね』
正直な気持ちだった。
しばらくして、仁人は静かに言った。
「逆だよ」
『え?』
「俺が、勇斗を信用してるから」
本当に意味が分からない。
『意味わかんねぇんだけど』
でも、仁人はそれ以上説明しなかった。
「ごめん。今は、これ以上言えない」
通話が切れたあと、俺はしばらく動けなかった。
信用してるから、言えない?
その理屈がどうしても理解できない。
ただ一つ確かなのは…
俺の知らない何かが、確実に存在しているということ。
そして仁人は、それを一人で抱えている。
多分…俺を守るために、、
その事実が胸を締めつけるほど苦しかった。