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「崩壊前夜(くずれゆく まえの よる)」
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その夜。オンボロ寮は風が強く、窓ガラスが小さく震えていた。
ユウとグリムは早めに眠りにつき、フェイドはひとり机に向かっていた。
蝋燭の揺らめきが、静かにページを照らす。
「……ブロットの濃度、限界域に近い。
今夜か、明日……彼は壊れるでしょう。」
フェイドは筆を止め、深く息を吸い――
窓を開けて夜風を胸に入れる。
その瞬間だった。
空気の底に、**異質な“香り”**が混ざった。
花のような、血のような、甘く重たい匂い。
それは現実のものではなく――夢の底からやってくるものだった。
気がつけば、フェイドは見知らぬ空間にいた。
白と赤のバラが咲き乱れる庭園。
空には月がなく、空気は濃密で、すべてが歪んでいた。
中央の椅子に、ひとりの影が座っている。
顔は見えない。けれど、その存在は圧倒的だった。
「正しさとは何か――それを、貴様は問うのか?」
その声は、鋭く、低く、どこか“女王”のような冷たさを帯びていた。
「あなたは……誰です?」
「我は“リドル”の根に咲くもの。
正しさという名の恐怖。美しさという名の処刑台。
貴様に見えるか? この首がいくつ、落ちてきたか」
フェイドは、静かに立ち尽くしていた。
「……あなたは、“正しさ”を口にしながら、
実際は誰ひとり“救ってなどいない”」
「そう。だがな、それを望んだのは“あの子”自身だ。
間違えたくなかった。誰かに“褒めてほしかった”のだ」
フェイドの目がわずかに揺れた。
(それは……私にも、覚えがある気持ちだ)
夢が終わった瞬間、フェイドは冷たい汗をかいて目を覚ました。
部屋の中は静かで、外では風がバラの花びらをさらっていた。
オンボロ寮の前に植えていた赤い花が、
すべての花びらを散らして、地面に落ちている。
「……“兆し”が、来た」
フェイドは静かに立ち上がる。
ユウが、目をこすりながらドアの隙間から顔を出した。
「ネメシス……?」
「……大丈夫です。少し風を感じていただけです」
「……なんか、すっごく嫌な感じがする……」
「ええ。私も、同じ気持ちです」
そのとき――
**遠く、空気が割れるような“魔力のうねり”**が、オンボロ寮まで届いた。
フェイドの目が細く鋭くなる。
「始まります。“王の断罪”が」
「正しさの檻を破れ」
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その日、空は昼なのに濁っていた。
太陽は薄雲に覆われ、学園全体がぼんやりと暗い影に包まれていた。
けれど**――その異常な空気の中心**に、誰もが気づいていた。
「おい、また誰かに首輪がつけられたって……」
「リドルさん、最近おかしいよな……あの目、見た?」
生徒たちのささやきが、いつしか恐れと諦めに変わっていく。
オンボロ寮の部屋、フェイドは立ち上がった。
「行きましょう。……今、彼を止めなければ、間に合わなくなります」
ユウとグリムが頷き、ふたりもその背に続いた。
中庭の中心に、リドルは立っていた。
彼の周囲には数名の寮生が跪いていて、その首には赤黒く脈打つ首輪。
「何度言えば分かる!? “正しさ”に従うことは、最低限の“礼儀”だろう!」
「昼食時のティーカップの角度がずれていた。それが“重大な違反”だと、なぜ分からない!?」
声は、悲鳴のように震えていた。
それでも、誰も逆らえない。
魔力が、リドルの足元から噴き出している。
空気が熱を帯びて、地面の芝が黒く焦げ始める。
そして――
「……首をはねろッ!!」
✧ その瞬間、風が吹いた。
止めたのは、フェイドの手だった。
フェイドは魔法を使っていない。ただ、そこに立っていた。
だけど、その存在が“魔力の流れ”に楔のように入り込み、世界が静止した。
「リドルさん。――もう、あなたは苦しまなくていいんです」
リドルの目が、わずかに揺れる。
「な……ぜ、だ……僕が間違ってるというのか!?」
「いいえ。私は、あなたが“間違えてしまった”ことを責めるつもりはありません。
でも、あなたが“間違えることを許せない”ままでは、誰もあなたに近づけない」
リドルの頬が引きつる。
「だって……母さんは……間違えるたびに、怒鳴って……僕が、僕であるためには……正しくなければいけなかったんだ……!」
フェイドは一歩、前へ。
「それでも、あなたは間違えていい。
だって、“正しさ”よりも“心”が、誰かと繋がるためには必要なんです」
「うるさい……っ、やめろ……やめてくれ……!」
リドルの体が震え、魔力が暴走を始めた。
地面が裂け、空が赤く染まり、巨大な薔薇の王冠が空に浮かび上がる。
「僕は……間違えてなんかいないッ!!
誰よりも正しいんだッ!! “首を、はねろおおおおお!!”」
そして――リドル・ローズハートは、オーバーブロットした。
黒く染まったマント。
茨のように絡む薔薇のツル。
歪んだ玉座に座る、“紅の王”。
その声はもう、リドルではなかった。
「正しさを拒むすべての者に、裁きを。
我が王国に従えぬ者に、死を与えよう」
フェイドは、ユウの前に立ち、仮面のような笑みを整える。
「……では、こちらも一つ、礼儀に則って参りましょうか」
「戦場に咲いた花」
⸻
轟音。
空に咲き乱れる、真紅のバラと漆黒の魔力。
オーバーブロットしたリドルは、宙に浮かぶ巨大なティーカップの玉座に座り、
怒りと正義の混じった声で命じる。
「首をはねろッ!!」
薔薇のツルが地面から噴き上がり、まるで生きているようにユウたちへ襲いかかる。
「グリム、右!」
「わかってるニャッ!」
炎の魔法が絡みつくツルを焼き払う。
ユウは前線に立って魔法を繰り出し、周囲の結界の維持をしながら戦っていた。
そんな中――
フェイドは、魔法を使わず、ただ静かにその光景を見つめていた。
「ネメシス! 下がって! 魔法が使えないなら、危ないって!」
「……いいえ。ここは、“見るべき場所”です」
フェイドの目は、リドルの“中心”を捉えていた。
(あの人の魔力は、怒りではない。……“恐怖”だ)
✧ リドルの叫び
「なぜッ! なぜ従わない!
間違いは、ただちに正されるべきだろう!?
規律なき学園に、秩序など存在しないッ!!」
魔力がまた暴走し、巨大なティーカップが爆発するように飛び散る。
あたりは赤黒い光で満ち、空間がねじれる。
でも――フェイドは動かない。
その足元に、ひとつの白いバラが咲いていた。
(これは……)
✧ フェイドの声
「リドルさん。あなたの魔法は、もう十分に叫んでいます。
だから今度は、“あなたの心”の声を、教えてください」
その言葉に、ブロットの中心でリドルの瞳がわずかに揺れる。
「黙れ……僕は……間違ってなんか……!」
「あなたはずっと、誰かに間違えたと言ってほしかったんじゃないですか?」
リドルの魔力が、一瞬だけ弱まる。
「っ……違う……違う、僕は……!」
「違いません。私は、あなたを否定しません。
でも――“間違えてもいい”と言ってくれる人が、今、あなたのそばにいます」
フェイドの手が、空中に浮かぶ一輪の白バラに触れる。
そして、静かにそれを空へ放った。
白いバラが、赤黒い空を裂くように落ちていく。
それは、まるで心の檻にひびを入れる光のようだった。
✧ リドルの沈黙
「僕は……っ、間違えちゃいけなかったんだ……
間違えたら、誰も僕を見てくれないって、思って……!」
その声はもう、オーバーブロットの化け物ではない。
ただ、ひとりの孤独な少年の声だった。
ユウが、その横顔を見てそっと手を伸ばす。
「大丈夫だよ。僕たちは、ちゃんと見てるから」
リドルの体から黒いブロットが噴き上がり、空へと散っていく。
赤黒い空が晴れ、ふたたび陽の光が降り注ぐ。
ぐったりと地面に横たわったリドル。
その胸の上には――フェイドが拾った白いバラが一輪、そっと置かれていた。
グリムがぽつりと呟く。
「……ニンゲンって、こわいけど、やっぱ変ニャ……」
フェイドはゆっくりと息を吐き、目を閉じた。
「“間違えていい”と知ることは、“生き直す”ということなのです」
「微笑みと紅茶と、始まりのテーブル」
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あの日の騒動から一晩。
オンボロ寮の朝は、どこかほっとする温かさに包まれていた。
グリムはベッドでぐっすり。ユウは、まだ夢のなか。
フェイドは早くに目を覚まし、静かに制服の襟を整える。
「……本日は、穏やかな空になりそうですね」
カーテンの隙間から差し込む陽光は、昨日の空とは違い、青く澄んでいた。
その日の午後、リドルから正式に呼び出しを受け、フェイド・ユウ・グリムはふたたびハーツラビュル寮を訪れた。
扉をくぐると、香ばしい紅茶の香りとともに――懐かしい顔がふたり。
「やっとお茶が飲める空気になったって感じ〜?」
エースがにっと笑いながら片手を振る。
「……いろいろと、大変だったけど。あんたがいて助かったよ、ネメシス」
デュースは少し照れくさそうに、でもまっすぐな目で言った。
「おふたりこそ。あなたたちが常にリドルさんに向き合い続けてくれたから、
私はその“間”を感じ取ることができました」
「へー、なんか今日のネメシス、やけに素直じゃん?」
「やめろよエース、からかうなって……」
フェイドは小さく笑った。
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やがて部屋の奥から、リドルが現れた。
その足取りにはまだ疲れが残っていたけれど、表情はどこか柔らかくなっていた。
「お前たちには、改めて礼を言わなければならない。
僕は……少しだけ、間違えていたようだ」
ユウがすかさず声をあげる。
「“少しだけ”ってところがリドルらしいな〜」
エースとデュースが噴き出し、部屋に笑いが広がる。
リドルは少し唇を引き結んだあと――静かに紅茶を注ぎ始めた。
その手には、いつもの厳しさではなく、ほんの少しの余白があった。
✧ 会話の合間に
「あんた、魔法使えないってわりに変に鋭いし、何者?」
エースがこっそりとフェイドに寄ってくる。
「私ですか? ただの、少し観察好きな新入生です」
「ふーん? ……ま、変人枠ってことで把握しとくわ」
「変人って言うな! でも、ネメシスは……なんか、ちょっとだけ“空気が違う”よな」
「それは、おふたりが“空気を読みすぎない”からでしょう。
――それは、とても大切なことです」
✧ 紅茶の香りと、新しい風
「今日は、ティーポットを冷やす“魔法”も使わず、丁寧に淹れてみたんだ」
リドルはそう言って、ユウとフェイドにカップを差し出す。
「……香りの奥に、少しだけ“心”を感じます」
リドルは驚いたように目を見開き、それから小さくうなずいた。
「……また、いつでも来ればいい。今度は、罰則なしでな」
✧ 幕間|オンボロ寮への帰り道
石畳を歩きながら、フェイドはユウと並んでいた。
グリムは夕陽に照らされた草の上を転がって遊んでいる。
「ねぇ、ネメシス。魔法、使えないのに……すごかったね、あのとき」
「私の声が届いたのは、あなたが“隣にいた”からです。
……一人では、きっと立てなかった」
ユウがくすっと笑う。
「じゃあさ、これからもずっと、隣にいていい?」
「ええ。もちろんです。……それが、“私の選んだ正しさ”ですから」
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#続かないとオーバーブロット