【side:千景】
俺はツキが居なくなった部屋で呆然としていた。
怒って部屋から出て行ってしまった…。
いくらイラついているからといってずっと乱暴にしてしまっていたし、今日もあまり気持ち良さそうでは無かった。仕舞いにはあんなに泣かせる始末。
俺には追いかける資格が無い。
何度も何度も都希くんを抱いたけど全く満足しなかった。今まで男を抱いた事なんて無い。むしろセックスした事すら無かった。脅した日も自分の口から出た言葉に自分自身が驚いたくらいだった。完全な性の勉強不足…。
初めて抱いた後、入れる前に穴を時間をかけてほぐさなきゃいけない事を後から知った。そんな事も殆どぜずに頭に血が昇った状態で入れてしまった。
脅して犯して、過去の不満やモヤモヤが解消されるかと思ったけど、あまりの気持ち良さに欲望だけが強くなってしまっていた。
声を我慢しながら苦しそうに俺を受け入れている都希くん。痛がっていても、都希くんの内側は温かくて、気持ち良くて動きの加減が出来なかった。
俺は怒っていた。俺の腕で泣いている今の都希くんの姿と、過去の兄貴の泣いている姿が重なった。
兄貴の悲しんでいた想いを自分が分からせてやる。そんな勝手な気持ちだった。
初めて関係を持った夜、無理やり連絡先も交換させた。「はい。」そう言って素直にスマホを手渡して来た。連絡の手段を手に入れたところでバーにももう行けなくなるし、一回きりで一瞬で切られてしまって本当は、もう呼んでも来てくれないと思っていた。
二度目。呼んだらホテルへ来た。都希くんが何を考えているのか分からなかった。その日もものすごく不機嫌だったが、苦しそうに俺を受け入れていた。
苛立ちと快楽に夢中になりながら何度も抱いた。辛そうなのに、その後も呼べば必ず来る。
そんなに嫌なヤツに抱かれてまで守りたいのかよ…。
抵抗されても押さえ付け、奥を攻め続けると声が変わる。それに気付いて無理やりイかせた。都希くんはどんなにしつこく抱いてもフラフラになりながら絶対に帰る。
苛立ちながらも本当は俺の隣で眠って欲しかった。
『こんなヤツと一緒に居たくないよな…』初めはこれで良いと思っていた。何も知らない都希くんを脅して身勝手な復讐をする。本当に復讐だけだったのか?
でもそれ以外に近づくきっかけなんて思いつかなかった。
『何やってんだ俺…。』
今夜もツキを呼び出した。既読にはなっているが返信は無い。
『さすがにもう来ないだろ…。これで終わりか…。』
チクっ。胸の奥が罪悪感で痛んだ。
『痛い…』
少しするとホテルの部屋のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、帽子を深く被って立つ都希くんがいた。表情は見えない。
『何で来たんだ?あんなに泣いてたのにどうして?』
自分で呼び出した癖に、本当に来た事に驚いたのと同時に嬉しかった。ツキは千景を押し除けて部屋へ入ると「ドア閉めて。早くしよ。」と、バックを置いて上着を脱ぎ始めた。
「いや、今日はしなくて良い。」
「あっそ。じゃ、帰るね。」すぐに脱いだ上着を着ようとし始める。
「ごめん。」ツキに向かって頭を下げた。
「何の事?…あー。やっと飽きてくれた?毎回毎回あんだけやりまくったし、満足したなら良かった。じゃあ、もう終わりね。」ツキは淡々と言う。
「違う!飽きてない!そうじゃなくて…。本当に悪かった…。もうあんな抱き方はしない。保育園にもバラしたりしないから。本当にごめん。」何故か素直に反省する千景をツキは不思議に思った。
「どんな理由があるのか知りたくも無いけど、あんだけ僕を犯しておいて随分急に謝るね。」
「自分勝手なのはわかってる…でも、もう一度だけチャンスが欲しい!お願いします。」
「……チャンスって何?」
「あと一回だけ、ホテルとかじゃなくて外で会って欲しいんだ。今までの事を謝罪させて欲しい。」
「……分かった。じゃ、そういう事で。」
すぐに部屋から出て行こうとするツキを後ろから抱きしめた。
「何?!離して!」
「少しだけ…。」
ツキの肩に顔を埋めていると、ツキがため息を付いているのが分かる。
正直、抱き付いたらボコボコにされるかと思っていた。でも違った。呆れながらも受け入れてくれている。その上、あっさりと謝罪する機会をくれた。だから、だからこれが最後だって事なんだ…。だから最後に会ってくれるんだ。欲や感情に負けてあんな事しなきゃ良かった…。もう終わってしまう…。終わるのは嫌だ。嫌われてても良い。むしろぶん殴ってくれても良いから終わりにしたく無い。
千景はツキの肩に顔をつけながら、自分の腕の中に収まってしまう目の前のツキ自身を愛しいと感じ始めていた。
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