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結局、私は雄大さんに写真を見せた。
雄大さんは歯を食いしばって眉をひそめた。
「こんなもんで俺たちを別れさせられると思ってんのか……」
「私たちが別れたら……春日野さんは満足なのかな……」
いいだけくしゃくしゃになった写真は、雄大さんの手で破り捨てられた。
雄大さんが怒っているのがわかる。
春日野さんは、何がしたいのだろう。
こんなことをして、雄大さんが自分を愛してくれるだなんて思うほど、バカな女性《ひと》ではないはず。
「玲のことは俺が——」
「しばらく、放っておきましょう」
「え?」
「相手にしなければ、そのうち諦めるかもしれないし」と言いながら、私は布団に潜りこんだ。
「けど——」
「出張から帰ったばかりなんだし、とりあえず週末はのんびりしよ」
雄大さんは納得のいかない様子で、私の頭を肩に乗せた。
明日、|宇宙技術研究所《うぎけん》との打ち合わせで春日野さんと会うことを、私は言わなかった。
*****
真由には話しておいた。
打ち合わせの後で春日野さんと話をしたいから、先に社に戻っていてほしいと。
ランチしながら待ってる、と言ってくれたけれど、断った。
私が春日野さんをランチに誘うと、何の迷いもなくオーケーされた。
宇宙技術研究所近くのカフェレストランに入り、私はペペロンチーノ、春日野さんは魚介のスープパスタを注文した。
「雄大は知ってるの?」と、春日野さんが聞いた。
「いいえ」
「知っていたら、黙ってるはずないわよね」
「そう……ですね」
今朝、今日の予定を聞かれて、真由と打ち合わせ、と答えた。嘘ではないけれど、適切でもない回答。
社を出る時にホワイトボードに予定を書き込んできたから、とうに気づいている。その証拠に、打ち合わせの後でスマホをチェックしたら、雄大さんからの着信が三件あった。
「それで? 婚約者に近づくなって言いたいの?」
「言ったら、そうしてもらえるんですか?」
「まさか」とにっこり笑った春日野さんは、悪女キャラそのもので、羨ましいほどキレイ。
満ち溢れる自信を、少しでいいから分けて欲しいと思う。
「春日野さんは、隠し撮りでもお綺麗ですね」
自信のなさを悟られまいと、嫌味たっぷりに言った。
けれど、全く通用しなかった。
「ありがとう」
隠し撮りじゃない……か。
「春日野さんの思惑通り、雄大さんは振り回されっぱなしです」
「そう」
「お陰で、私は昨夜も寝かせてもらえませんでした」
ようやく、春日野さんの表情が変わった。
嘘くさい笑みが消える。
「で?」
「何がしたいんですか?」
「は?」
「嫌がらせをしたいのならば、効果覿面です。けど、そうじゃないですよね? 雄大さんを諦められないのなら、泣き落としの方がよっぽど有効なのに、どうしてご両親を使ったんですか?」
眼力で人を傷つけられるのなら、私はとうに瀕死の状態だろう。
今にも目から光線を発射しそうな鋭い視線に、背筋が伸びる。
けれど、負けるわけにはいかない。
「雄大に泣き落としなんて通用するわけないじゃない。弱い女だと切り捨てられるのがオチよ」
意外な言葉だった。
雄大さんて、そんな冷たいイメージ……?
確かに、仕事では弱音を許さない。失敗して泣くだけの女は、嫌いだと思う。
「実際、私が泣いても雄大は抱き締めてもくれなかった」
春日野さんは、悔しそうに唇を噛み、目を伏せた。
わかった気がした。
『あの手の女は、プライドを捨てたら怖いわよ』と真由は言ったけれど、そうじゃない。
プライドを取り戻すために、雄大さんを手に入れようとしている——。
プライドを捨てて泣きついた自分を受け入れなかった雄大さんを見返すため、そんな真似をさせた私を貶めるために、足掻いている。
そんな気がした。
それでも、きっと根底にあるのは雄大さんへの未練で、だから余計に意地になる。
「だから、苦しめるんですか?」
「……」
「春日野さんのしていることに何も感じないほど、雄大さんは冷たい人間じゃない」
「わかってるわよ」
「だったら! どうして——」
「相手があんたじゃなきゃ、こんなことまでしなかったわよ!」
春日野さんが、テーブルに両手をついて、前のめりで言った。
「家とか親とか子供とか、そんなものに縛られて自由を失いたくないって言ってたのに、どうしてあんたなんかを選ぶのよ! 雁字搦めにされるために結婚するようなもんじゃない!!」
周囲の目も気にせず、声を荒げる。
「雄大が選んだ女があんたじゃなきゃ、こんな惨めことしなかった!!」
多分、誰にも見せたことない、春日野さんの本音。心からの叫び。
「たとえ雁字搦めにされるとしても、それを選んだのは雄大さんです」
謝ったり、許しを請うのは違うと思った。
そんなことをしたら、春日野さんをもっと惨めにさせてしまう。
今の私がすべきことは、雄大さんに選ばれた女らしく、堂々としていること。
「雄大さんにとってあなたは過去の女で、決断を咎められる立場にはない。何をしても、雄大さんはあなたのものにはならない」
興奮していた春日野さんが息を整え、また元通りの余裕の笑みを浮かべた。
「なるわよ」
「え?」
「雄大は私のものになるわ」
「そんなこと、あるわけ——」
「だって——」
私の言葉を遮って、春日野さんが言った。
「だって、雄大は私のお腹の子供の父親ですもの」