「どうしたの、ボーっとして? そろそろ時間だって言ったのは岳紘さんの方でしょう、ぼんやりしていていいの?」
「……あ、いや。その、なんていうか」
今日は夫に同伴を頼まれたホームパーティーの日だ、この日のために岳紘さんの印象が悪くならないようにと新しいワンピースを購入した。
派手過ぎず柔らかな色合いの服を私は結構気に入っているのだが、夫は困った様に口元を隠して目を泳がせている。もしかして私には似合ってないのだろうか、友人の麻理に見せた時の反応は良かったのだけど。
「気に入らないのなら着替えてきた方が良いかしら。これでも考えて選んだつもりだったけど」
「いや、それでいいと思う。その……雫にとても似合っているから」
一瞬、私は夢を見ているのかと思った。少なくとも岳紘さんが私にこんな事を言って来た事は無かったから。シャイで女性に気軽に声をかけられるような人ではないし、服や容姿を褒めるのだって凄く苦手なはずなのに。
……どうして今日に限って、そんな事を言うの?
「そうならいいのだけど。ありがとう、褒めてくれて」
「いや、思ったことを言ったまでだから」
何というか、急にむず痒いような気持ちにさせられる。まるで中高生の男女交際のような初々しい気持ちとじれったさを味わっているようで。
急に恥ずかしくなって岳紘さんの顔を真っ直ぐに見れなくなった。
「麻実さん、よく来てくれたね! この家は分かりにくい場所にあるから迷わなかったかい?」
「いいえ、柳澤部長から地図を頂いてましたから。それとお言葉に甘えて私の妻も同伴させて頂いてます、すみません」
邪魔にならないように斜め後ろに立っていた私を急に紹介されて、慌てて挨拶をする。
「はじめまして、麻実岳紘の妻で麻実雫と申します。今日は夫と一緒にお邪魔させて頂いています」
そう言って用意していた紙袋を手渡し、また一歩後ろへと下がる。
すると何故か柳澤さんは興味深そうに私を見つめてくる。どこかおかしな所でもあったのだろうかと不安になっていると……
「ほお、この女性が麻実さんの自慢の奥さんか。色々話は伺ってますよ、主に貴女の自慢話や惚気ばかりですが」
「や、柳澤部長! そんなことは言わなくてもっ」
自慢話や惚気とはどういう事だろう? 少なくとも私と岳紘さんの間に惚気るような出来事は無かったし、私の自慢話というのもちょっと理解出来ない。
意味が分からないと岳紘さんに尋ねるような視線を投げかければ、彼は焦った様に「違うんだ」と私に言ってくる。いったい何が違うのかもよく分からなくて。
「その、夫はどんな惚気話を柳澤さんにしたのですか? 私も気になります」
「雫⁉ どうして、いきなりそんなことを!」
もし私の記憶にないような自慢や惚気だとしたら、それは私ではなく別の女性の話の可能性がある。そう、岳紘さんが愛するたった一人の相手とか。
「料理がとても上手だとか細かい気配りが出来る、それにとても頑張り屋だと。奥さんがとても可愛いとは何度も聞いてましたが、本当に美しい方でびっくりしましたよ」
「……えっと、ありがとうございます」
それって本当に私の事? 確かに料理は結婚前に教室に通って覚えたし、けっこう頑張り屋だとも言われる。細かな気配りが出来ているかは分からないけど、なるべく周りに気を使うようにはしてる。
だけど……岳紘さんが本当に私の事を可愛いと話したりするだろうか? 少なくともそんな言葉を面と向かって言われたことは無い。今日服が似合ってると言われたのも、初めてだったかもしれないくらいで。
もしそれが私の事を思い浮かべて言ってくれたのなら、それは堪らなく嬉しい。けれどもしも他の女性の事を考えていたとすれば、あまりにも辛すぎる。
「分からなくはないですけどね、こんな可愛い奥さんなら自慢くらいしたくなる。麻実さんの事を許してあげてくださいね」
「はい、それももちろん。その……すみません」
流石に笑顔でそう話してくれている柳澤さんに、「それは本当に私の事ですか?」とは聞けない。ただ困惑したまま、彼らの話を笑って聞いてるだけでいっぱいいっぱいだった。
その後に別の招待客が来たことで柳澤さんは私たちから離れたけど、どうしても夫の顔を真っ直ぐに見ることが出来ない。それは彼も同じようでどことなく私たちの間に流れる空気がぎこちない。
「その、気分を害したりはしなかったか? 俺が雫の事を勝手に話したりしてて」
「そんなことは無いけれど、ちょっと自分の事を言われてる気がしなくて戸惑ってるわ」
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