こんな風に本音を話したのは久しぶりかもしれない。いつも遠慮してて、言いたい事も全部心の中に閉じ込めてしまっていたから。
だけど岳紘さんのこの言い方だと、本当に私の事を周りに話していたのは本当のことらしい。でも、どうしてそんなことを? 岳紘さんは私が貴方以外の別の男性を想う事を望んでいるんでしょう?
夫の私に対する態度と周りに話している事の違いに、理解も感情も全くついていかない。
「それは、その……なんというか」
言葉を濁す夫に何となく苛立ちを感じて、ちょうど目の前で重ねたお皿を運ぶ女性を見つけ彼から離れる理由を作った。
「私はちょっと彼女のお皿を運ぶお手伝いをしてきます。またあとで話の続きは聞くわ」
「あ、雫っ……!」
何かを言いかけた岳紘さんをその場に残して、私は女性に話しかけすぐに手伝いを始めた。どうやら人手が足りなかったらしく、そのまましばらくは岳紘さんの所には戻れなくなってしまった。
「ありがとう、助かったわ」
「いいえ、また何か手伝えることがあれば言ってください」
手伝いを終えると、飲み物のグラスを渡してもらいそのまま夫の姿を探す。思ったよりも時間が経ってしまったので、どこにいるのか分からなくてウロウロしていると……
「君さ、もし一人なら僕の話相手してくれない? 俺は独身で一緒に話をする相手もいないから退屈でさ」
「え? いいえ、私は……」
斜め後ろにいた知らないスーツ姿の男性から声をかけられる。
妙に馴れ馴れしいが、まさかナンパだろうか? こんなホームパーティーで、そんな事をする人がいるのかと驚いていると勝手に了承したと判断したのか男性が私との距離を詰める。
これはちょっとマズいかもしれない。ここに来ているという事はこの男性も柳澤さんの知り合いのはず、下手に騒いで大事にはしたくない。
そう思って愛想笑いを浮かべて少しずつ距離を取ろうとするが、相手もその分私の方へと近付いてくる。
「ねえ、君の名前と連絡先を教えてくれないかな? 今夜、連絡するからさ」
ニッと浮かべられた爬虫類のような笑みに、ぞっとして体中に鳥肌が立つかのようだった。気持ちが悪い、そう思って逃げ出そうとする前に手首が掴まれる。
より近付くと男性から微かなアルコールの匂いがする、もしかすると酔っぱらっているのかもしれない。そう思うと余計に怖くなる、強い力で引き寄せられて転ぶように男性の方へと倒れかけた。その時――
「そう気安く俺の妻に触らないでもらえますか?」
「え……」
酔っぱらいの男性の腕の中に倒れこむ前に、腰に腕を回され後ろへと引き寄せられる。同時に耳元で聞こえたその声に、驚きを隠せないでいた。
「大丈夫か、雫。気付くのが遅くなってすまない」
「岳紘、さん? どうして……」
さっきまでこの辺にはいなかったはずなのに、こんなタイミングで現れるなんて。でも近くにいたにしては彼の息が乱れているから、見つけて急いで来てくれたのだと分かった。
「ち、ちがうぞ! その女性が俺に色目を使ってきたから相手をしてやっていただけで」
「そうですか、なら妻の手首を掴むその手はどう説明してくれるんです?」
夫の登場に慌てふためく酔っ払いの男は、声をかけてきたのが私だというように言い訳を始める。色目も何も私がこの男性に感じていたのは嫌悪と恐怖だけ、よくもそんな出鱈目を言えるなと思う。
しかしそんな嘘は通じないというように、岳紘さんは私を掴んだままの手をきつく睨んで見せた。
「あ、これはっ……! くそっ、紛らわしくフラフラしてるお前の嫁が悪いんだろう。俺に文句を言う前に自分の妻を注意しておけよ!」
「妻は悪くない、彼女から離れた俺が悪いのだから。文句なら俺が聞かせてもらいますよ、貴方が妻にちょっかいをかけてないという証拠があれば……ですけどね」
そう言った岳紘さんはいつもよりもずっと冷たい雰囲気だった。怒りがハッキリと伝わってくる、こんな彼は初めて見たかもしれない。
それでも夫に謝ろうとしない男性はまだ私の手首を掴んだまま、だけど次の瞬間……
「い、痛い! いてえよ、離せっ!」
ギリギリギリ、と食い込むような強さで岳紘さんが男の腕を掴んだかと思うと、そのまま乱暴に捻り上げた。顔色一つ変えずそんな事をする夫に私は驚いて、焦って彼を止めた。
「ダメよ! 岳紘さん、その手を放して」
私の声にすぐに反応したかのように、岳紘さんは酔っぱらいの男性の腕を離してくれた。まさかいつもあんなに冷静な夫がこんな事をするなんて、まだ信じられない気持ちだった。