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「はぁ……」
「! 鈴宮先輩、どうしたんですか!? 金曜日の朝に、そんなにデレれる顔ができるなんて……。普通、みんな一週間の疲れがたまってヘトヘトですよ」
「そ、そうよね。普通、そうよ。た、ただ、私には猫動画が」
「ヤバイですよ。猫動画に鈴宮先輩、ハマり過ぎですよ。このままだと『猫と仕事と私』になっちゃいますよ!」
森山さんに指摘され「少し猫動画は自粛するわ」と呟き、なんとか顔を引き締める。
それでも。
ちょっとコピーをとったり、トイレに行ったり、コーヒーを買いに行って時間ができると。
思い出してしまう。
今朝のことを。
多分、お肌や健康のことを考えて、8時間睡眠がとれるよう、悠真くんは寝ることを提案してくれた。一緒のベッドで寝ているのに、長々とイチャイチャすることもなく、ちょっとキスをするぐらいで二人とも眠りについたが。
朝はいつもより30分ぐらい早く目が覚めてしまった。
悠真くんはまだ寝ているだろうと思い、不用意に体は動かさないようにしていた。
でも……。
「アリス、もしかして起きていますか?」
既に悠真くんも起きていた!
「おはようございます、悠真。今、目が覚めました」
「おはようございます、アリス。僕も同じです」
そう言った悠真くん、おはようのキスを、最初はおでこにしてくれた。嬉しくなった私は悠真くんの方に体を向け、その頬にキスをすると……。
お返しとばかりに悠真くんも頬にキスをしてくれて、今度は私が額にキスをする。お互いに順番にいろいろな場所にキスをしあっていると……。
悠真くんの首筋へのキス!
あれで私は昨晩同様、少しエロい声を出してしまい、悠真くんを悶絶させることになった。あの時の悠真くんの表情は……。熱に浮かされたような、とんでもない色気に溢れていた。切なそうで焦れたような瞳を向けられ、「もう、我慢せず、どうぞ!」と言いたくなってしまった。
それでも悠真くんは、私をぎゅっと抱きしめるだけで我慢し「早く引っ越しをして、アリスのことを溺愛したいです……」と熱い吐息と共に囁いた。
溺愛。
悠真くんからの溺愛って……!
ふと時間が出来てしまうと、悠真くんの溺愛を想像してしまい、悶絶していた。
「……鈴宮、大丈夫か?」
ハッとして振り返ると、中村先輩が心配そうにこちらを見ている。
「だ、大丈夫です」
慌てて返事をすると頬が熱い。
すると中村先輩の頬もほんのり赤くなる。
意識されているとすぐ気づく。
そう。
今日は中村先輩と仕事の後、食事をすることになっていた。想いを伝えてくれた先輩に、その気持ちには残念ながら応えられないと告げるために。
悠真くんとの濃密な時間を過ごしていたので、申し訳ないが、中村先輩の告白のことを忘れていた。今朝、悠真くんから駅まで見送ってもらい、会社に着くまで、今晩食事に行くことを忘れていたのだ。でも予約したお店から今日の来店についてのメールが着ていることに気が付き、予定を思い出した次第。
もう私の中の優先順位は、間違いなく悠真くんだった。
中村先輩が霞んでしまうぐらい、今の私は悠真くんに夢中。
でも悠真くんと交際しているなんて誰にも話せない。
よって私が挙動不審になっていると、中村先輩は……。
自分とのことで、私の様子がおかしいと思ってくれているみたいなのだ。
そこは本当に罪なことをしていると思ってしまう。
中村先輩は仕事もでき、気遣いもできるし、頼りがいもある。料理も得意な爽やかスポーツマンタイプで、間違いなく、社内で彼を狙う女子はいると思った。
そんな中村先輩を今晩、ふるなんて……。
私、どれだけの女!?
もしも悠真くんとの出会いがなかったら、中村先輩と私、付き合っていたのかな。
中村先輩の自宅に遊びに行った時のことを思い出す。
先輩のマンションの広々としたキッチン。
そこで週末は二人で料理を作る。
開放的なダイニングルームで食事をして、食事の後はリビングルームへ移動し、よく冷えたワインで乾杯をして映画を観て……。
中村先輩ってスポーツマンタイプだから、夜の方もきっと素晴らしい気がする。
しかも尽くす系のタイプに思えるから……。
って、ダメ、ダメ!
会社の先輩でそんなことを想像するのは!
何より、私には悠真くんがいるのだから。
私はぶるぶると首をふると、隣の森山さんが「鈴宮先輩、重症」と中村先輩に声をかけていた。
定時まであと1時間。
でも中村先輩との待ち合わせは現地のお店で19時半だから、少し残業できる。
とりあえず煩悩退散!
深呼吸してパソコンに向き合った。
***
社内恋愛の経験はない。
社内恋愛をしている人って、仕事の後のデート、どうしているのかしら?
一階のロビーで待ち合わせ、レストランへ移動……だと職場の人に見られるから、それはないのかな。交際をオープンにしているならそれでもいいのだろうけど、たいがいが秘密にしているだろうから、現地集合が多い気がする。
ということで中村先輩とは現地集合。
交際しているわけではないが、二人きりで夕食に行く……なんて、勘ぐられてしまうから。
予約していたレストランに到着した。
新宿では穴場だと思っているイタリアンのお店。
個室はないが、窓際の奥の席は個室にも近い状態になる。そこを指定し、予約していた。このお店は私が予約している。分かりにくい場所にあるわけではないが、ここにお店があると知らないと、スルーしてしまうだろう。
そのせいもあり、中村先輩より先にお店へ到着できた。
席に案内され、黒のコートを脱ぐ。
黒のロングスカートに暗めのターコイズブルーのタートルネック。肩に黒いリボンの飾りがついている。
スマホを鞄から取り出し、メッセージアプリを確認する。大学時代の友達、合コンで知り合った女友達からは飲み会のお誘いがきている。
悠真くんからの連絡はお昼前に「これから取材があるのでホテルで夕方まで缶詰です」というメッセージが来ていたが、それ以降、連絡はない。
夕方、映画の満員御礼舞台挨拶の仕事があると言っていた。それが終わると、動画のライブ配信、そしてラジオの生放送。帰宅は今日中にできるか、午前様になるかなと言っていた。
今日は会えないよね。残念だけど。
切なそうで焦れたような悠真くんの瞳を思い出し、胸がキュッと熱くなる。
「こちらでございます」
男性スタッフの声に、少しビクッと反応し、顔をあげる。
中村先輩が、男性スタッフに案内され、席に到着した。
青いマフラーに黒いロングコート、白シャツに深緑色のストライプのネクタイ、青みがかったグレーの細身のスーツ。爽やかスポーツマンで好青年の中村先輩は……うん、やはりカッコいい。
「ごめん、鈴宮、待たせたかな?」
「いえ、まだ予約した時間の10分前ですから。さすが営業企画部のエース。5分前集合を上回る、10分前集合。素晴らしいです!」
「……いきなりそんなに褒められると……。照れるな。でも鈴宮に褒められると……。嬉しいよ」
白い歯をのぞかせ、快活な笑顔を見せた中村先輩が席につくと、男性スタッフがすぐにおしぼりを渡しながら、飲み物の注文を確認する。
中村先輩はこのお店がイタリアンだからだろう。
白ワインを注文した。私はお酒を飲むか迷ったが、お断りの話をする緊張感を払拭したいと思い、ロゼのワインを頼んだ。
前菜5種類の盛り合わせも頼むと、ワインはすぐに到着する。
「ひとまず、一週間、お疲れさまということで」
中村先輩のこの言葉で乾杯をする。
グラスを口に運ぶ。
ロゼにしては色がしっかりあり、辛口で美味しい。
飲みごたえもあるので、前菜の濃い味にも負けない気がする。
「さて。鈴宮」
中村先輩がグラスをテーブルに置くと、キリッとした顔で私を見た。