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「あー…その一手はずるいってぇ」
慎太郎が、駒を見つめたまま嘆いた。対して向かいに座る高地は苦笑する。
「ダジャレかよ」
「いや、これは不本意だったわ」
2人は、高地もできる視覚障がい者用の将棋盤で対戦をしていた。
傍らにはジェシーと樹。ジェシーはルールもわからないまま、会話を聞いて楽しんでいる。樹は静かに観戦中。
昼食を終えて多目的ルームの真ん中に4人が丸くなっているなか、隅のほうで北斗がじっと彼らを見ていた。
大我は相変わらず、自室にいる。みんながいる場所にやってきたことは、今まで一度もない。
「6三角、これでどうだ!」
「あ、ヤバいよ、なんか王将に近づいてる…」
ジェシーがつぶやいた。しかし高地は焦ることなく、指先に神経を集中させる。駒を器用な手つきで動かして、
「王手。…じゃないかな」
彼の操る金は慎太郎の玉将の前に来た。たまらず慎太郎はがっくりと首を折る。
「くう……参りました」
「ありがとうございました」
両者は頭を下げる。樹が健闘を讃える拍手を送った。遠巻きに見ている北斗は、不思議そうだ。
「ねえ、次はジェシーとチェスやろう!」
負けじと慎太郎が新たなゲームに誘っている。そのとき、樹がふらりと立ち上がった。向かった先は、隅の椅子に座っている北斗だ。
北斗はわずかに顔を強張らせ、肩を縮める。
樹はポケットからスマホを出して、メモに書いた。
『何か一緒にやりたいことある?』
ずっと一人でいる彼を心配していたのだった。
しかし北斗は文を見ても首を傾げる。樹は少し考えて、書き直した。
『いっしょにあそぼう』
北斗の瞳に、光が映った。樹が自分の部屋に誘おうと入力しているそのとき、ふいに物が落ちる大きな音がした。
「うわっごめん!」
慎太郎がチェス盤を出そうとしたところらしかった。
北斗の表情が変わる。くしゃりと顔を歪め、耳を手で覆った。「うあーっ」
樹は状況が掴めずにいた。しかし北斗の様子で気づいてはっと4人のほうを振り返る。慎太郎は取るのに苦戦している。走り寄って、車いすの足元に落ちた盤を拾い上げた。
「ありがとう樹。…北斗くん、泣いちゃった…」
駆けつけたスタッフが必死になだめ、北斗を部屋へと連れて行く。それに樹もついていった。背中に手を添えようとするが、身をよじって拒否されてしまう。
『大丈夫。一人にさせてあげて』
スタッフの言葉に、眉尻を下げながらもうなずいた。
戻ると、慎太郎とジェシーがチェスを繰り広げていた。
ジェシーが駒の進む先を指定し、その通りに慎太郎が動かすという独自のやり方だ。
「ほら、樹もおいで!」
声が届かないのはわかっているが、ジェシーは笑顔で呼ぶ。慎太郎が手招きをして、樹もさっきいた席についた。
その横に座っていた高地が、樹の右肩を叩く。スマホを準備したよ、という合図で肩を叩き返され、口を開いた。
「北斗くん、大丈夫かな?」
『きっと大丈夫。これから慣れていってくれれば嬉しいけど』
それは、読み上げ機能で機械音声が発した。
「そうだね」
その言葉は、慎太郎が言ったものだった。
みんなちがうのが、あたりまえ。それをよくわかっている4人は、北斗が、そして大我がここに来てくれるのを待っていた。
続く