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ギルドを出たカイルたちが向かうのは、Eランクダンジョン《始まりの歴史》
その名の通り、冒険者としての最初の一歩を刻む者たちが必ず挑む、初心者向けの定番ダンジョンだ。
「ダンジョンは五階層構成になっています。モンスターも多くいませんし、安全第一でクリアしましょう!」
エリーゼが歩きながら振り返り、真面目な声で言った。背に光を受けた金髪がさらりと揺れる。
だがその隣を歩くカイルの視線は、まったく別のところに吸い寄せられていた。
気がつけば、横にいるラシアちゃんの服の裾ばかり目で追ってる。こんなスリット深いの、もはや布の意味あるのかって話だ。
歩くたびに胸が揺れ、常に妖艶な笑みを浮かべながらこっちを見てくる。
「ラシアちゃんってさ、趣味とかあるの?」
気の抜けた問いに、ゼリアが前を向いたまま小さく息をつくのがわかった。ラシアは視線を伏せ、頬に髪を滑らせながらちらりとカイルを盗み見る。
「私の趣味は……マッサージですね。するのも、されるのも好きです。」
恥じらいを滲ませるように声を落としながらも、目の奥だけがわずかに笑っていた。
カイルは喉の奥がかすかに鳴るのを自分でも感じたが、努めて平静を装って言葉を繋ぐ。
「マッサージ、いいよね。心も体もほぐれるし……どこの部位が得意とかあるの?」
小さな沈黙のあと、ラシアはゆっくり歩みを寄せる。顔をわずかに傾け、カイルの耳元に吐息を滑らせた。
「……太ももと、胸ですね。気持ちいいですよ」
耳の奥にまとわりつく声が、妙に生々しい。彼の意識は一瞬で別世界に飛んだ。
頭の中ではすでに自分がラシアの膝に転がっている。柔らかな太ももの上に後頭部を預け、視線を動かせば、胸元の谷間がすぐそこに落ちている。
指先がそっとそこに触れれば、彼女の指が上から重なった。
「力、抜いてください……」
甘く押し殺した声が耳に落ちて、指先が肌の上をゆっくり撫でていく。肩、首筋、そして胸の曲線をなぞりながら、時折、小さく爪先で肌を引っかく。
心臓が馬鹿みたいに暴れ、息が漏れる。
それを見下ろすラシアの瞳が、微笑みながらもどこか艶を含んでいて――
「カイルさんにしてあげましょうか。」
現実のラシアの声が、妄想の中の彼女と重なって鼓膜に響いた。頬の奥が熱くなるのがわかる。喉が無意味に動いて声が裏返った。
「マ……マジで……?」
ラシアは肩をすぼめ、わざとらしく人差し指を唇に当てる。
「はい。ダンジョンが終わったら、私の家に来てください。」
あ、これ、ダンジョンとかどうでもいいやつだ。
歩きながらの小さな会話だというのに、カイルの耳だけが熱を帯びている。
「お……おん……。」
呆けた声が漏れた瞬間、視界にエリーゼが割り込む。わずかに膨れた頬でカイルを睨んでいた。
「カイルさん、話聞いてますか?」
声が硬い。瞳も少しだけ据わっている。カイルは妄想の残骸を必死に飲み込みながら、笑顔を取り繕う。
「聞いてたよ。モンスターをなんか倒すんだろ?大丈夫大丈夫。」
「お前、絶対聞いてなかっただろ。ラシアさんも嫌なら嫌って言っていいんですからね。」
ゼリアの呆れ声が背中を刺す。ラシアは申し訳なさそうに目を伏せて、息を吐いた。
「ゼリアさん、私、嫌じゃないですから。カイルさん……優しいですし。」
伏し目がちに見せる笑顔が、周囲の空気をひんやりと掴む。カイルの口元には早くも満面の笑みが戻っていた。
君しか勝たん。俺はラシアちゃんと一緒に入れて本当に嬉しいよ。
「ラシアちゃん……君だけだよ。俺には君しかいない……。」
見惚れながら見ていると、ゼリアが無理矢理隣を歩かせるように腕を引っ張った。
「お前は私の隣を歩け。じゃないと、ずっと集中しないだろ!」」
「いやだ!ラシアちゃんの隣じゃないと力が出ないんだって!」
「いいから来い!」
有無を言わさぬ声で引き寄せられ、カイルの身体はずるずると彼女の隣へ引っ張られていく。
後ろからついてきたラシアが、小さく肩を震わせて笑った。
「カイルさんって……いつもあんな感じなんですね。」
「すみません。ほんとに、すみません!」
エリーゼが頭を下げると、ラシアはふわりと手を振ってみせる。
「大丈夫です。エリーゼさんも、ダンジョンが終わったら……マッサージ、どうですか?」
思わぬ言葉に、エリーゼが小さく瞬きをする。頬がわずかに赤くなり、唇をぎこちなく結んだ。
「え、私ですか?……いえ、その……忙しくて……。」
「騎士さんですもんね。忙しいのに誘ってしまってすみません。」
ラシアが控えめに頭を下げる。その所作に、エリーゼはあわてて手を振った。
「いえ……いつか、受けてみたいです……!」
なんでこんなにドキドキしてるんだろ私!?
カイルとエリーゼがラシアの一挙手一投足に振り回される中、ゼリアだけは彼女から目を離さなかった。
この子は魔性の女だな。私だけは冷静を保たなければ
しばらく無言のまま歩いていくと、前方でエリーゼがふっと立ち止まり、右手をすっと差し出した。
「ここがダンジョンですよ」
その声にカイルが顔を向けると、崖の裂け目のように大きな門が開いていた。内部にはすでに松明が灯されており、岩壁に沿って一定の間隔で並べられている。足元の通路もされたように滑らかで、予想以上に丁寧に整備されていた。
エリーゼはすぐさまバッグを開き、青色のポーションを一本取り出す。
「カイルさんは先に、これを飲んでください」
差し出された瓶を受け取るが、彼は怪訝そうに眉をひそめる。
「なにこれ?」
「このポーションは体の損傷を治してくれるんですよ。筋肉痛だと思うので、それを飲んでください。すぐに、治りますよ」
「センキュー」
短く礼を言い、一気に中身を飲み干した。薬草が焦げたような苦味が舌に広がり、思わず顔をしかめる。
だがそれも一瞬。喉を通る頃には、身体の奥にじわっと温もりが満ちていくのを感じた。重かった腰がすっと軽くなり、足取りさえ安定している気がする。
「これ、すごいね」
「それじゃあ、入りましょうか」
ダンジョンの第一層
中は思いのほか広く、遠くの壁際には他の冒険者たちの気配もあった。石造りの廊下は湿った空気に包まれ、松明の炎が壁に揺らぐ影を投げかけている。
その明かりが途切れるたび、空気の奥行きが深く感じられた。そんなとき、不意にぬらりと地を這うような音が聞こえた。
「スケルトンとスモールラットですね」
エリーゼがわずかに剣へ手を添える。
前方の角から、乾いた骨のこすれる音と共に、三つの骸骨がゆらりと現れる。それぞれさびた剣やを手にしており、目の奥がギラリと赤く光った。スケルトンが静かにこちらに近寄る。そして、その後ろから毛並みの荒れた大きなネズミが鋭い視線を向けていた。
「ここは、すぐに終わらせましょうか」
エリーゼが一歩踏み出す。刹那、銀の軌跡が横薙ぎに走り、空気が裂けた。音が響いたかと思うと、床にいくつかの影が倒れていた。
スケルトンは骨の山になり、ネズミは短くく間もなく絶命。しばらくすると、存在が粒子のように消えていった。
ダンジョンのモンスターは魔力で構成されているため、魔物と違い、実態を持っていない。ドロップするのはアイテムと、魔石くらいだ。
「はえー。」
これからは困ったことあったら、全部エリーゼに任せよ。
カイル達が驚嘆している中、その様子を遠巻きに見ていた冒険者たちが、ひそひそと小声を交わし始める。
「あの人って、噂のエリーゼさんじゃないか?」
「間違いねぇ…..あの人について行けば、すぐに素材が大量に手に入るぞ」
その視線の熱に、エリーゼは気づいているのかいないのか、淡々と剣を鞘に収め、何もなかったかのように歩き出した。
ゼリアもラシアもついて行ったが、カイルはスケルトンが落とした錆びた武器をじっと見ていた。
「どれを使おうかねえ。」
斧と剣か。まあ剣でいいや。
二階層への階段の前。その道を塞ぐように、異様にでかいネズミがこちらを睨みつけていた。
「あれが一階層の門番、ビッグラットか」
ゼリアが低く呟くと、モンスターの首がぎこちなくゼリアの方へ向く。
紫色の毛並みが濁った光に照らされ、血のように赤い瞳がまっすぐに視線を刺してくる。床を鋭い爪でひっかくたび、甲高い音が耳を裂いた。
「ジイイ…..」
エリーゼはひとつ息を吸い、すっと一歩後ろへ引いた。
「ここは三人で倒してください。私は後ろで見ています」
ゼリアの手が剣を握る。目に迷いはなかった。
「分かりました」
ラシアも表情を引き締め、杖の先に魔力を込めながら頷いた。
「私とカイルが前衛。ラシアさんは後方から援護をお願いします」
「迷惑をかけないように頑張ります。」
「それと、あの爪ー毒が入ってるから、気をつけるよ」
「毒!?」
俺、そんなの聞いてないんだけど!ふざけるなよ!!
「まあ、体が少し麻痺するくらいだ、そんなに気にするもんでもない」
「ちょっと待って!俺そういう痛いのとか苦しいの、ほんとムリなんだけど!」
「知るか。一気に片をつけるぞ!」
ゼリアが短く息を吐き、足を蹴り込むと同時に地面が小さく弾けた。
剣が風を裂き、銀の光がビッグラットの前足を狙う。だが獣の体躯は想像以上に素早く、爪が低く地面をえぐり取る。
キィィッ! 石を裂く甲高い音と同時に、砂が派手に舞い上がった。
「しまっ――!」
視界を奪われた隙を逃さず、ビッグラットが喉の奥で低く唸ると、その巨体が一直線に跳んだ。濁った紫毛が目の前で膨らみ、鋭い爪がゼリアの肩を切り裂こうと振り下ろされる。
「ファイアーボール!」
ラシアの杖から放たれた小さな火球が、空気を焼きながら獣の胴を直撃した。
炎が爆ぜ、ビッグラットの体毛が一気に焼け焦げる。ぱちぱちと火花を散らしながら、モンスターは呻き声を吐き、前足で必死に火を払った。
「助かりました。」
「どういたしまして。」
ゼリアは砂を蹴って踏み込み直す。剣が振り抜かれ、獣の爪の付け根を狙って一閃。
ゴリッと嫌な手応えが骨越しに伝わり、爪が転がり落ちる。
「ジィイイッ!」
モンスターが地を掻くように呻き、もう一撃とばかりに背筋を丸めたその瞬間。
「ゼリアさん、下がってください!」
ラシアの声と同時に、杖先が小さく光を集める。瞬きをする間に赤い球が生まれ、空気がぐらりと熱を帯びた。
「ファイアーボール!」
二発目の魔弾が正面から獣の胸元を撃ち抜く。火柱と小さな爆風が混ざり、獣の悲鳴が岩壁に反響して散った。
焼けた毛の焦げ臭さが鼻をつき、熱気で空気が波打つ。
「……これで終わりか」
ゼリアが肩で息を整えながら、剣を構え直す。血走った視線が獣の息の根を止めようと近づいた、まさにそのとき。
「これでとどめだッ!!」
割り込むようにカイルが横から飛び出した。握り締めた錆びた剣を、派手に振りかぶる。
バキィンッ。
剣の先端が乾いた音を立てて折れ飛び、床石にカランと転がる。
「え? 俺が……決めようと思ってたのに……」
この剣、脆すぎるだろ!!こんなもんをドロップしやがって、あのスケルトンめ!!
「は?」
情けなくも虚ろな声が岩壁に消えた。カイルは何事もなかったかのように剣の柄を握りしめたまま、無駄に胸を張ってゼリアを振り返る。
「ごめん、今のなしで。」
ゼリアは剣を握り直すと、無言で獣の喉元へ切っ先を落とした。鈍い音とともに、ビッグラットの呻きが途絶える。
その横顔を睨みながら、ゼリアは小さく呟いた。
「一回でいいから、殴りたい。」