テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第四十五話:再誕と、双角の契約
熱い。
魂の芯が、燃え上がるような劫火に焼かれている。
真っ白だった意識の空間に、幾筋もの極光が、理を無視した暴力的な速度で突き刺さる。それは玉藻が殺生石の禁忌を解いて放った黄金の神気の糸であり、狂骨が古井戸の底から手繰り寄せた記憶の鎖であり、紅羽が断絶の峰から巻き起こした逆風の檻だった。
「……逃がさない! 旦那様、こっちだよ! 戻ってきて!!」
カノンの絶叫が、虚無の壁を粉々に砕いて僕の核に直接響く。
僕はその声に向かって、無意識に手を伸ばした。実体のないはずの手が、誰かの温かく、けれど震える指先に触れる。
「……っ、……主様……ッ!!」
一花の、喉を掻き切るような悲鳴。その瞬間、僕の意識は猛烈な加速度と共に、「肉体」という名の残酷で愛おしい重力の中へと引きずり戻された。
朧月館の祭壇:再構築の儀式
「あ、……がぁぁぁぁぁぁッ!!!」
僕の絶叫が、朧月館の特別室の静寂を切り裂いた。
寝台の上で、光の塵となっていた僕の輪郭が、激しい魔力の放電を伴いながら再構築されていく。
一花は僕の上に覆いかぶさり、その白銀に変わった長い髪を僕の胸元に垂らし、涙を流しながら必死に僕の実体をこの世に繋ぎ止めていた。
「玉藻様! 今です! 全員の霊力を主様に叩き込んで!!」
一花の叫びに応じ、部屋を取り囲んでいた女王たちが、それぞれの領地から持ち帰った「禁忌」を一斉に解放した。
玉藻の神儀が僕のバラバラになった骨格を繋ぎ合わせ、狂骨が拾い集めた僕との記憶が筋肉の繊維を紡ぎ、紅羽の逆風が霧散しようとする僕の皮膚を外側から強引に押し留める。
だが、それだけでは足りない。
僕の器は一度完全に崩壊したのだ。光り輝く「正」の愛だけでは、再びひび割れ、零れ落ちてしまう。
(……女郎蜘蛛の、あの毒を……!)
僕は内側に打ち込まれた、冷たく疼く「闇の残滓」を自らの意思で呼び覚ました。
女王たちの純粋すぎる「陽」の愛と、女郎蜘蛛が遺した執念という「陰」の毒。
相反する二つの力が、僕の心臓部で激しく衝突し、火花を散らし……そして、逃げ場を失った熱が一気に一つへと溶け合った。
ドォォォォォンッ!!!
部屋全体が、黄金と漆黒が螺旋を描きながら混ざり合った「琥珀色の光」に包まれた。
新生:琥珀の双角王
光が収まった時、そこには静止した時間のような静寂が訪れていた。
僕はゆっくりと目を開け、自分の掌を見つめた。
透けていない。指先から光の粒が零れ落ちることもない。そこには確かに、以前よりも重く、熱く、頑強な「肉体」が再生していた。
「……あ……、……あぁ……主様……」
一花が、僕の胸に耳を押し当て、脈打つ鼓動を確認すると、堰を切ったように大粒の涙を流した。
「……戻って……きてくれた……。……本当に、戻ってきてくれたんですね……主様……っ!」
僕は彼女の白銀の髪を優しく撫で、その華奢な体を、今度は僕の力で強く抱きしめ返した。
「ただいま、一花。……もう、どこへも行かない。君を一人にはしないよ」
「……ふん。……これほどの手間をかけさせおって。……妾が地獄まで迎えに行く手間が省けたわ」
玉藻が肩を上下させ、荒い息をつきながら、不敵に、けれど安堵しきった表情で僕を見下ろしている。
だが、彼女たちはすぐに気づいた。
僕の肉体が再生した、その額に聳え立つ「王の証」が、かつての一本ではなく、「二本の琥珀色の角」へと進化していることに。
黄金の光に漆黒の闇がマーブル状に混ざり合い、底知れぬ霊力を内包した二本の角。それは、隠り世の理を超え、女王たちの愛と女郎蜘蛛の毒、そのすべてを完全に統合した証だった。
「旦那様の霊力パターンが……完全に異質になってる…。……光と闇、愛と呪い……そのすべてを燃料にして動く、隠り世の理を超えた永久機関……」
カノンがデバイスを見つめて戦慄混じりに呟く。
女郎蜘蛛による蹂躙と搾取、そして11人の女王たちが世界の禁忌を破ってまで注ぎ込んだ情念。そのすべてを飲み込み、僕は琥珀の双角を持つ真の王として、より強固な「器」を持って再誕したのだ。
狂乱の祝杯:永遠の檻
「さて……」
僕は一花を抱き寄せたまま、部屋に集まった11人の女王たちを一人ずつ見つめた。
二本の琥珀色の角が、僕の意思に応えるように、静かに、けれど圧倒的な威圧感を持って琥珀色の霊気を放つ。
「みんなには、本当に心配をかけた。……僕を取り戻すために、大切な故郷の禁忌まで解かせてしまって、ごめん」
「……謝らないでにゃ。……旦那様がそこにいて、お凛に触ってくれるなら、お凛、一族の宝物なんてどうでもいいにゃ!」
お凛が僕の右腕に飛びつき、それを合図に、死の恐怖で張り詰めていた空気が一気に爆発した。
「そうよ、主様。……私たちは、あなたを連れ戻すために、世界のシステムさえ壊したのですもの」
紅羽が妖しく微笑み、僕の首筋に熱い吐息を吹きかける。
「……その責任、たっぷりと取っていただきますからね? 私たちの風の中に、一生閉じ込めてあげるわ」
一花が僕の腕の中で、その白銀の髪を揺らしながら、独占欲に満ちた深い瞳で他の女王たちを牽制した。
「……ええ。……もう、一分一秒たりとも、主様を一人にはしません。……私たちが、一生かけて……愛して、愛して、……心の底から、逃げられないようにしてあげます」
復活の喜びは、すぐさま凄絶な「独占」への情念へと変質していく。
二本の角を持つ琥珀の王として再誕した僕の肉体は、彼女たちの重すぎる愛を受け止めるための「より頑丈な檻」でもあったのだ。
琥珀の輝きを放つ双角が、彼女たちの異常な熱気に当てられてドクンドクンと脈打つ。
朧月館の長い、長い夜が、再び幕を開けようとしていた。