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「え……っと、その……」
「困るよね?」
「は、はい……」
「それじゃあ、こうならない為にはどうすればいいと思う?」
相変わらず距離が近いままの郁斗を前にした詩歌は恥ずかしさと戸惑いで上手く頭が回らず、彼の質問の答えを考える事も動く事も出来ずにいる。
「……分からない?」
「えっと……すみません……」
「謝らなくていいよ。それじゃあ今の答えね。まず、ヘルプに付いたら基本向かいの席に着くこと。これはあくまでもうちの店の方針なんだけど、指名客の取り合いを防ぐ為なんだ。だから、二人きりになった際も絶対隣には座らない。そうすれば、さっきみたいに距離を詰められる事もないでしょ?」
「は、はい」
「ただ、中には隣に来いと強要する客もいると思う。そういう時はやんわり断って別の話題を振るとか、すぐにボーイを呼ぶんだ。いいね?」
「は、はい……分かりました」
「それと、酒を飲むよう強要された時も対処は同じだよ? とにかく相手を怒らせないよう、やんわり断る。それでも無理ならボーイを呼ぶ。一人で何とかしようとか、相手の誘いには乗らない事。いい?」
「はい」
それだけ言うと、郁斗は詩歌を解放して距離を取った。
ただ、仕事のノウハウを教えてくれているだけ。それを理解はしているものの、郁斗に迫られた時の詩歌は恐怖よりも恥ずかしさと何とも言えないむず痒さを感じていたけど、その感覚が何なのかという事は彼女自身分かってはいなかった。
それからお酒の作り方や細かい注意点などをひと通り学んだ詩歌。
気付けば時刻は午前二時半をとうに過ぎていた。
「さてと、もう結構良い時間だね。そろそろ寝ようか」
そんな郁斗の何気ない一言に、詩歌の身体は反応を示す。
(は、そうだった。寝るって……私はどこで?)
お風呂から上がった時に聞こうと思っていたのだが、郁斗の話が始まってしまいタイミングを逃してしまった事を思い出す。
すると、そんな詩歌の疑問を分かっているかのように郁斗はこう口にした。
「そう言えば、詩歌ちゃんの寝る場所だけど……部屋は空いてるんだけど、あいにく布団が無いんだ。後で用意するにしても、今日はもう無理。ソファーでっていうのは疲れも取れないでしょ? ここはやっぱりベッドで寝る方がいいと思う。だから……俺と一緒のベッドで寝ようね」
「……え? い、一緒の、ベッド……で?」
布団が無いのは仕方が無い。ソファーでは疲れが取れないのも頷ける。
けれど、だからと言って何の躊躇いもなく『一緒のベッドで寝よう』だなんて言われるとは思いもしなかった詩歌は驚きを隠せない。
「どうかした?」
「えっと……その……あの、私、ソファーで大丈夫です! さっきも寝てましたし、ここのソファー大きくてベッドみたいだから、全然疲れませんし!」
何とかして一緒のベッドで寝る事を回避しようと断ってみるも、
「……もしかして、詩歌ちゃんは俺と一緒が嫌なのかな? そうだよね、俺なんかと一緒なんて嫌だよね」
急に切なげな表情を浮かべた郁斗は落ち込むような素振りを見せて詩歌の反応を見続けている。
「あの、いえ……その、郁斗さんが嫌とか、そういう事じゃなくて……その……」
どう断れば分かってもらえるのか、必死に言葉を選びながら伝えようとしている詩歌を前にした郁斗は、
「詩歌ちゃん、そんなんじゃ全然駄目だよ。相手に隙を見せてばかりじゃ相手の思う壷。そんな可愛い顔して焦ってばかりだなんて、そんなの――ただ、男を煽ってるだけだよ?」
焦る詩歌に再び近づいていくとそのまま彼女の身体をソファーに押し倒して上から見下ろした。