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第3話 本を貸してよ小出さん!
僕が初めて小出さんに話しかけた、その日の昼休み。僕はポケットからスマートフォンを取り出し、検索サイトにアクセスした。
先程の休み時間、僕は小出さんに読んでいる本のタイトルを尋ねた。でも、返ってきた言葉は本のあらすじ。タイトルを尋ねたはずなのに、あらすじって。不思議を通り越して摩訶不思議。
だから僕は、まずこの謎を解明しなければならない。『オッサン』の真相を解明しなければならない。
でなければ、せっかく手に入れた会話の糸口が切れてしまう。小出さんと仲良くなるキッカケを、みすみすドブに捨てることになってしまう。それだけは絶対に嫌だ。夜な夜な、枕を涙で濡らすような日々はさすがに勘弁。
それで僕は、先程の小出さんが言っていた言葉を思い出しながら、『オッサン 異世界タイトル 小説』と、この四つの単語で検索をかけてみた。
すると、まあビックリ。予想以上の検索結果が表示された。有り体に言えば、約二百五十万件のヒット数。多すぎるよ!
しかし、何だこれ……。『オッサン』や『異世界』という単語が含まれる小説が、こんなにも世の中に存在するというのか? しかも、やはりどれもあらすじみたい。タイトル……なのか? これは本当に、小説のタイトルのか?
「これ、見つけるのに時間かかりそう……」
僕は片っ端から小説のタイトルに目を通す。するとその中から、小出さんが言っていた本のタイトルが見つかった。これだ!
『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』
……本当に、あらすじじゃなくてタイトルだったんだ。しかし斬新だな。もしかして、これが今の流行なのか? トレンドなのか?
「よし。とりあえず、この小説をもっと詳しく調べよう」
僕はその『オッサン』小説が紹介されていたサイトを訪問。そして情報を精査した。それでまず分かったこと。この小説は、『ライトノベル』というジャンルであるということだ。
ライトノベル、か。手軽に読める小説という意味だろうか。普段から一般的な恋愛小説しか読まない僕にとって、『ライトノベル』は未知なるジャンルであった。僕は忘れないように、そのページをブックマークした。
疑問が解決したところで、僕は横目でちらりと隣の席に座る小出さんを見やる。小さな可愛らしいお弁当箱を開け、ちょうどお昼ご飯を食べているようだった。
今日も一人で食べてるんだ、お昼ご飯。せっかく席が隣同士なんだし、僕と一緒にお昼を──とは言えない。そんなこと、まだ言えやしない。僕の勇気はミジンコ並の小ささなのである。
でも、小出さんの食事が終わった頃に、もう一度声をかけてみよう。またビックリされてしまうかもしれないけれど、ここで躊躇していては、僕の恋は一生叶わない。
なので僕は、彼女に話しかける話題を考えた。話をある程度膨らませることが出来て、なおかつ小出さんとの距離を縮められる話題を。
……そうだ!!
小出さんに本を貸してもらえばいいんだ!
そうすれば、僕は小出さんの好みが分かるし、同じ本についても感想を言い合える。共通の話題が出来るじゃないか。
それに、『その人の好む本はその人の内面を映し出す』と、僕は考えている。つまり、小出さんの本の好みを知ることで、小出さんが普段何を考えているのか、思っているのか、僕はそれを知ることが出来るかもしれないのだ。
うん、これで行こう。
僕はもう一度、小出さんを横目でちら見。どうやら食事を終えたようだ。そしていつも通り。小出さんは机の中から本を取り出し、さっそく読み耽ろうとしていた。
よし、このタイミングだ。
「こ、小出さん? あの、お勧めの本があったら、僕に貸してもらえないかな?」
「ひゃっ! え、そ、園川くん!? び、びっくりした……」
やっぱり、また驚かれてしまった。驚いた拍子に本を床に落としてるし。僕の話しかけ方が悪いのだろうか。それか、もしかして僕って存在感が皆無? だからビックリするのかな? 急にお化けが出てきたように。だったら、僕は泣くぞ!
「ご、ごめんね小出さん。驚かせるつもりはなかったんだ。さっきの休み時間にも話したけど、僕も少しは活字に触れた方がいいと思って」
「え、え……う、うん……」
「小出さん、本が好きみたいだからさ。いつも休み時間とかに本を読んでるし。それで、良かったら僕にお勧めの本を貸してくれないかな?」
「え!? お、お勧めの本ですか……!?」
すると、小出さんはあわあわしながら、とりあえず落とした本を拾い上げ、そしてその本と僕の顔をあせあせしながら交互に見ては悩んでいるご様子。あれ? もしかして僕、選択ミスった?
「お勧め……お勧め……ええ、私、どうしたら……」
「ご、ごめんね小出さん。なんか僕、困らせちゃった?」
「う、ううん、大丈夫……。えと……でも、私の趣味は園川くんに合わないかもしれないし……やめた方が……」
「大丈夫! 僕、雑食だから! 何でも好きになっちゃうタイプだから!」
小出さんは目線を泳がせながら、あたふたと何かを考えているようだった。
すると──
「じゃ……じゃあこれ、貸してあげる」
そう言って、小出さんは先程まで読んでいた本を、僕に両手で差し出した。
「いやいや、それは悪いよ! それ、小出さんがさっきまで読んでたやつじゃん! 読み終わったやつがあったらで大丈夫だから! あ、それに今日じゃなくても大丈夫! むしろごめんね。考えてみたら読み終えた本なんて持ち歩かないよね」
「だ、大丈夫。それ、もう一冊、鞄の中にあるから……。だから、平気、なの」
「え? 何で同じ本を二冊も持ち歩いてるの?」
「ふ、布……ふきょ……ううん、ただ間違えて持ってきただけだから」
……ふきょ?
今『ふきょ』って言わなかった? ちょっと気になる。でもそうか。小出さんって、同じ本を間違えて持ってきてしまうおっちょこちょいな人だったんだ。
でも、そういうところが、僕にはまた魅力的に映るのだ。これが小出さんの個性なんだ。うん、小出さんに感謝してお借りすることにしよう。
「ありがとう、小出さん。じゃあこの本お借りするね。読み終わったら感想を伝えるよ。僕ってこういう本って読んだことがないんだ」
「う、うん……ゆっくりで大丈夫だから……。き、気に入ってくれると嬉しいな」
僕は小出さんから『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』の文庫本を受け取った。
本を手渡してくれた小出さんの手はとても小さく、まるで太陽に照らされて輝く粉雪のような真っ白さだった。
うん。家に帰ったら、一気に読破してしまおう。そしてまた明日、小出さんと本について色々とお話をしよう。
『キーンコーンカーンコーン──』
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。僕は小出さんと仲良くなる計画が順調に進んでいることを嬉しく思いながら、授業モードに頭を切り替えた。
あ、でも僕、お昼ご飯食べてないや。
『第3話 本を貸してよ小出さん!』
終わり