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初めて小出さんに話しかけた、その日の昼休み。僕はその時間に突入するや否や、素早くポケットからスマートフォンを取り出して検索サイトにアクセスした。
先程の休み時間に小出さんは読んでいる本のタイトルを教えてくれたわけだけど、でも、返ってきた言葉は本のあらすじだったわけで。それがとにかく不思議で、不可思議で。そのせいで授業に全然集中することができず。
「あれ、なんだったんだろう……」
だってさ、僕は確かにタイトルを尋ねたはずだよ? でも、あらすじを伝えられたんだもん。不思議に思うのも当然だよね。だから僕は、まずこの謎を解明しなければならない。『オッサン』の真相を解明しなければならない。
そう、これは僕に与えられた使命なんだ!
……て、何を馬鹿なことを言っているんだろう、僕は。そんな使命、いらないよ!
まあいいや。とにかく調べよう。でなければ、せっかく手に入れた会話の糸口が切れてしまう。小出さんと仲良くなるキッカケをみすみすドブに捨てることになってしまう。それだけは絶対に嫌だ。
仮にそんなことになってみろ。泣くぞ! 僕は絶対に泣いちゃうぞ!
と、いうわけで。僕はスマートフォンをポケットから取り出して、先程の小出さんが言っていた言葉を思い出しながら、『オッサン』『異世界』『タイトル』『 小説』と、この四つの単語で検索をかけてみた。
すると、まあビックリ。予想以上の検索結果が表示されてしまった。約二百五十万件のヒット数。多すぎるよ!
(ええ……本当になんなの、これ?)
いやいや、まさか『オッサン』や『異世界』という単語が含まれる小説が、こんなにも世の中に存在するだなんて。しかも、やはりどれもタイトルがあらすじみたいだし。タイトル……なのか? これは本当に、小説のタイトルのか? ちょっとしたカルチャーショックなんですけど。
「はあ……。これ、見つけるのに時間かかりそう」
僕は片っ端から小説のタイトルに目を通す。すると、思っていた以上に早く小出さんが言っていた本のタイトルが見つかった。これだ!
『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』
本当に、あらすじじゃなくてタイトルだったんだ……。しかも、かなり有名みたいだし売れてるみたい。だから検索上位に引っかかったんだ。それにしても斬新だなあ。もしかして、これが今の流行なのかな? トレンドなのかな?
「よし。とりあえず、この小説をもっと詳しく調べよう」
僕はその『オッサン』小説が紹介されていたサイトを訪問。そして情報を精査した。それでまず分かったこと。この小説は、『ライトノベル』というジャンルであるということだ。
ライトノベルかあ。手軽に読める小説という意味なのかな? 普段から一般的な小説しか読まない僕にとって、ライトノベルは未知なるジャンルなんだよね。忘れないように、このページをブックマークしておこっと。
「よし、さてと」
疑問が解消したところで、僕は横目でちらりと隣の席に座る小出さんを見やった。小さな可愛らしいお弁当箱を開け、ちょうどお昼ご飯を食べているみたいだ。
今日も一人で食べてるんだ、お昼ご飯。そういえば、小出さんっていつも一人ぼっちだよね? クラスメイトと話してるところなんか見たことないや。友達、いるのかな?
うーん、どうしよう。せっかく席が隣同士なんだし、声をかけて誘ってみようかな。僕と一緒にお昼ご飯を──なんてことは言えない。そんなこと言えやしない。僕の勇気はミジンコ並の小ささだから。
でも、小出さんの食事が終わった頃に、また声をかけてみよう。たぶんまたビックリされちゃうかもしれないけど、ここで躊躇していたら僕の恋は一生叶わない。
なので、小出さんに話しかける話題を考えた。話をある程度膨らませることができて、なおかつ小出さんとの心の距離を縮められる話題を。うーん、何かないかな。
「あ! そうだ!」
どうして今まで気付かなかったんだろう。小出さんに本を貸してもらえばいいんだ!
そうすれば、僕は小出さんの好みが分かるし、同じ本について感想も言い合える。共通の話題ができるじゃないか!
それに、『その人の好む本はその人の内面を映し出す』とも言うし。つまり、小出さんの本の好みを知ることで、小出さんが普段何を考えているのか、思っているのか、それを知ることができるかもしれないんだ。
うん、これで行こう。
僕はもう一度、小出さんを横目でちら見。どうやら食事を終えたみたい。そしていつも通り、小出さんは机の中から本を取り出し、さっそく読み耽ろうとしていた。
よし、ちょうどいい。このタイミングだ。
「こ、小出さん? あ、あのー……」
「ひゃっ! え、そ、園川くん!? び、ビックリした……」
やっぱりねえ。また驚かれちゃった。しかも本題に入る前に。うん、なんとなく分かってたよ、こういう反応が返ってくることは。
しかも小出さん、驚いた拍子に本を床に落としちゃってるし。想定内というか予想通りだったけど、やっぱりちょっとヘコむね。
でと、もしかしたら僕の話しかけ方が悪いのかな? それか、僕って存在感が皆無? だからビックリされちゃうのかな? 急にお化けが出てきたみたいな感じなのかな? だとしたら、やっぱり僕は泣く!
「ご、ごめんね小出さん。驚かせるつもりはなかったんだ。あのね、さ、さっきの休み時間にも話したけど、僕も少しは活字に触れた方がいいと思ってるんだ」
「え、え……う、うん……」
「小出さん、本が好きみたいだからさ。いつも休み時間とかに本を読んでるし。そ、それで……よ、良かったら僕にお勧めの本を貸してくれない……かな?」
「え!? お、お勧めの本ですか……!?」
すると、小出さんはあわあわしながら、とりあえず落とした本を拾い上げ、そしてその本と僕の顔をあせあせしながら交互に見ては悩んでいるご様子。あれ? もしかして僕、選択をミスった?
「お勧め……お勧め……ええ、私、どうしたら……」
「ご、ごめんね小出さん。なんか困らせちゃった?」
「う、ううん、大丈夫……。えと……でも、私の趣味は園川くんに合わないかもしれないし……やめた方が……」
「大丈夫! 僕、雑食だから! 何でも好きになっちゃうタイプだから!」
小出さんは目線を泳がせながら、あたふたと何かを考えているようだった。
すると──
「じゃ……じゃあこれ、貸してあげる」
言って、小出さんは先程まで読んでいた本を両手で差し出してくれた。
「いやいや、それは悪いよ! それ、小出さんがさっきまで読んでたやつじゃん! 読み終わったやつがあったらで大丈夫だから! あ、それに今日じゃなくても大丈夫! むしろごめんね。考えてみたら読み終えた本なんて持ち歩かないよね」
「だ、大丈夫。それ、もう一冊、鞄の中にあるから……。だから平気、なの」
「え? なんで? なんで同じ本を二冊も持ち歩いてるの?」
「ふ、布……ふきょ……ううん、ただ間違えて持ってきただけだから」
……ふきょ? 今、『ふきょ』って言わなかった? ちょっと気になる。でもそうか。小出さんって、間違えて同じ本を二冊買っちゃうくらいのおっちょこちょいさんだったんだ。
だけど、そういうところが僕にはまた魅力的に映るんだよね。これが小出さんの個性なんだって。うん、お言葉に甘えて、そして感謝してお借りすることにしよう。
「ありがとう、小出さん。じゃあこの本お借りするね。読み終わったら感想を伝えるよ。僕ってこういう本って読んだことがないんだ」
「う、うん……ゆっくりで大丈夫だから……。き、気に入ってくれると嬉しいな」
僕は小出さんから『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』の文庫本を受け取った。
本を手渡してくれた小出さんの手はとても小さく、まるで太陽に照らされて輝く粉雪のような白さだった。綺麗な手をしてるなあ、小出さん。
よし! 家に帰ったら一気に読破しちゃおう! そしてまた明日になったら小出さんに話しかけて、本について色々とお喋りをしよう!
『キーンコーンカーンコーン──』
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。僕は小出さんと仲良くなる計画が順調に進んでいることを嬉しく思いながら、授業モードに頭を切り替えた。
あ、でも僕、お昼ご飯食べてないや。