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小出さんから本をお借りした翌日。僕は授業中、ずっと眠気と戦っていた。眠い目を擦りながら大きなあくびをしたり、手をギュッとつねったり、こっそり体を伸ばしたり。そしてなんとか居眠りすることなく、僕は昼休みまで耐えきった。
どうしてこんなにも眠いのかというと、昨晩、僕は小出さんからお借りした小説を一気に読破したからだ。目の下にメンソレータムを塗りたくって目を覚ましながら、無理やり読んだ。読み切った。その代償としての寝不足なのだ。
それにしても、本当に長いタイトルだな。『異世界に飛ばされたオッサンは防具をつけないで常に裸で戦います。だけど葉っぱ一枚じゃただの変態だよ!』って。
だけれど、内容としてはとても面白かった。 一体どのような内容だったのか、簡単に説明するとしよう。
物語の主人公であるオッサンは、異世界に飛ばされてしまった。素っ裸の状態で。 そして、問題が発覚。オッサンはお金を持っていなかったたのである。だから防具を買うことすらできずに、常に裸で戦ってきた。そしてモンスターを退治するたびに少しずつアイテムを手にし、お金も手に入れることができた。
しかしである。オッサンは意地になって防具を買うことはしなかった。葉っぱ一枚を股間に貼りつけ、オッサンはそのまま冒険を続けた。まあ、そんな内容だ。
めちゃくちゃな内容と設定ではあるけれど、僕はこの漢気溢れるオッサンに感動を覚えてしまった。カッコいいとまで思ってしまった。これは後で、小出さんと語り合うしかない。熱い熱い語り合いになることだろう。
「……あれ?」
お昼ご飯を済ませたところで、僕は隣の席の小出さんから視線を感じた。僕のことを横目で見ていたような……。なので僕は小出さんに顔を向けた。すると彼女は、僕から素早く視線を逸らしてぷいっと外方を向いてしまった。
うん、これは気のせいではないな。でも目を逸らすということは、僕にあまり意識してもらいたくないということだろう。なので僕は気付いていない振りをした。
でもやっぱり気になるんだよなあ。また小出さんの視線を感じるし。なので再度、僕は彼女に顔を向けた。小出さんは先程と同じようにぷいっと顔を逸らした。
じーっ(小出さんの視線)
くるっ(振り向く僕)
ぷいっ(視線を外す小出さん)
じーっ(小出さんの視線)
くるっ(振り向く僕)
ぷいっ(視線を外す小出さん)
一体この状況、なんなのさ! まるで『だるまさんが転んだ』ではないか。もしかして小出さん、僕に何か用事でもあるのだろうか。気になった僕は、机から身を乗り出し、小出さんの顔を覗き込んだ。
「ひゃあっ! そ、園川くん……! な、何か用ですか?」
「何か用? は、僕の方だよ。小出さん、さっきからちらちら僕を見てるけど、どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」
小出さんは「あ、あ、あーー」と、針の壊れたレコードみたいになってしまった。なかなか言葉にしてくれない。
しかし、覚悟が固まったみたいだ。あたふたしながらも、僕にようやく理由を話し始めてくれたのである。
「あ、あの……そ、園川くんに昨日貸した本、どうだったかなと思って……。あ、でもまだ全部読めてない、かな?」
小出さんは、昨日貸してくれた本の感想を僕に求めてきた。なるほど、それで先程からチラチラとコチラを見ていたのか。たぶん、小出さんは話しかけるタイミングを見計らっていたのだ。
気にすることなく、もっと気軽に話しかけてくれればいいのにな。でも、気持ちは分かる。僕も小出さんに初めて話しかける時はそんな感じだったし。
「ううん、徹夜して全部読ませてもらったよ! 『裸で戦います』の小説を」
その言葉で、小出さんの目が一瞬にしてキラキラと輝いた。うん、すごいね。まるで少女漫画のキャラみたい。目に星がたくさん散らばってる。
「ほ、本当に!? よ、読んでくれたんだ! それで、ど……どうだった?」
「うん、オッサンが格好良かった。漢気もあるし。仲間に裏切られて、たった一枚の股間の葉っぱを剥ぎ取られたシーンには涙したよ」
「そ、そう! 私も同じだよ! 葉っぱを取られてスッポンポンになった主人公の気持ちを考えると……私、泣けてきちゃって」
まるで別人みたいだ。小説の話をする時の小出さん、とても生き生きとしている。いつものおどおどした性格が嘘のようだ。
「ねえ小出さん。小出さんって、いつから小説読むようになったの? その様子だと、かなり読んでそうだけど」
「うん。小学生の頃……かな。六年生くらい」
僕は想像した。小出さんの小学生時代を。きっと可愛らしい小学生だったんだろうな。まあ、小出さんは今でも小学生みたいな見た目だけどね。言ったら嫌われそうだから言わないけれど。
「ちなみにさ、小出さんは小学生の頃ってどんな夢を持っていたの?」
「ゆ、夢? うん、あったけど……園川くん、聞いても笑わない?」
「笑うわけないじゃん。ちなみに、僕の夢はサラリーマンだったかな」
「そ、それって……夢って言うのかな?」
確かに……。言われて気付いたけれど、将来の夢がサラリーマンとか言う小学生、あまりに悲しすぎるな。
「えっとね……私の小さい頃の夢は、小説家だったの」
「すごいね! そうなんだ、将来の夢が小説家かあ。じゃあ小出さんって、その頃は小説書いてたりしてたの?」
「え!? あ、あの……か、書いていたというか……」
小出さんはモジモジと指遊びを始めた。
「げ、現在進行形というか……」
顔を真っ赤にさせて、小出さんはそう打ち明けてくれた。現在進行形ってことは、今も書いてるってことか。読みたい。小出さんが書いた小説を読んでみたい。
どんな小説なんだろう。やっぱり、小出さんが好んで読むライトノベルってやつなのかな? オッサンが出てくるやつ。それか、意外と恋愛ものだったりして。
「じゃあ小出さん。今度、僕にそれを読ませてくれないかな?」
「ふえっ! そ、園川くんに、わ、私が書いた小説を……?」
僕のお願いに、小出さんは赤面。耳まで真っ赤になってしまった。でも気持ちは分かる。自分の創作物を読まれるというのが恥ずかしいという、その気持ちが。だって昔、実は僕もこっそりとポエムを書いていたりしたのだ。けれど、もしも誰かに読まれたりしたら、たぶん僕は立ち直れない。
「あ、小出さん! 嫌だったら無理にとは言わないよ! だから気にしないで!」
「こ、交換条件……」
「え?」
「そ、園川くんも小説書いてくれたら……それを私に読ませてくれたら……そしたら私も、書いた小説を読ませてあげる……。ど、どうかな?」
思いもしない、小出さんの交換条件。それはお互いに小説を書き合い、読ませ合う、といったものであった。
僕はこれまで、ポエムもどきは書いたことはあれど、しかし、小説なんて書いたことはない。しかも僕の国語の成績は最悪なのだ。文章力皆無。はっきり言って壊滅的。
でも僕が小説を書けば、僕は小出さんが書いた小説を読むことができるのか。うーん、どうしよう。ちょっと悩む。安請け合いはしたくない。
だけど小出さんの書いた小説って、つまりは彼女の内面を見ることと同義な気がする。ならばその交換条件、乗らないわけにはいかないだろう。
「分かった、書くよ! 僕も書く! 書いたらお互いの小説を交換し合おう! 上手く書けるか分からないけど、一生懸命書いてみる。だって僕、小出さんが書いた小説、すっごく読んでみたいし!」
「ほ、本当に!?」
よほど嬉しかったのだろう。小出さんは頰を赤らめ、微笑んでくれた。
僕はドキっとした。
小出さん、こんなふうに笑うんだ。
いつもの困り顔とのギャップに、僕の心は完全に持っていかれてしまった。いや、持っていかれたというか、盗まれた。ハートを完全に盗まれてしまった。ただでさえ恋をしているというのに、いっそう心を掴まれた感覚だ。
この笑顔を、僕は独り占めしたい。
そして小出さんと、もっともっと仲良くなって、いつの日か、僕は小出さんの『特別』になりたい。
「……どうしたの、園川くん? ボーッとして」
「え、い、いや、なんでもないよ。どんな小説書こうかなって考えててね」
「……うん。私、楽しみにしてるね。園川くんの小説を読めるのを」
そこで、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。それを合図に、僕達は会話を中断。互いに次の授業の準備を始めたのであった。 だけど、僕はもう授業なんてどうでもよかった。
僕の胸はドキドキと高鳴っていた。
小出さんに聞こえてしまうんじゃないかと思える程、大きく。大きく。
『第4話 読ませてよ小出さん!』
終わり