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「……殺して、ください」
その言葉は、診察室の空気さえも凍りつかせた。
私の喉に添えられていた冬馬先生の指先が、目に見えて大きく震え始める。
「……何、を…」
「先生が私を『失いたくない』なら、いっそ先生の手で終わらせて。……そうすれば、先生はもう『私を失う恐怖』に怯えなくて済むんでしょう?」
挑発するように見つめ返すと、先生の瞳から、それまで宿っていた狂気じみた光がスッと消えた。
代わりになだれ込んできたのは、見たこともないほど無防備な、剥き出しの絶望だった。
「……っ、ふ、ざけるな……」
先生は私の喉から手を離すと、そのまま崩れ落ちるようにして、私の足元に膝をついた。
完璧な外科医、ドSな支配者、冷徹な天才。
そのすべての肩書きを脱ぎ捨てた彼は、ただの、傷ついた子供のように私の腰にしがみついた。
「……バカを言うな…お前に死なれたら、俺は……今度こそ、俺自身を許せなくなる」
私の腹部に顔を埋める彼の肩が、激しく上下している。
初めて見る、冬馬先生の涙。
熱い滴がブラウスに染み込み、私の肌に彼の痛みが伝わってくる。
「……あいつが死んだのは、俺が未熟だったからだ…愛していると言いながら、俺はあいつの心を見ていなかった。……お前に対しても、俺はまた同じことを……」
掠れた声で紡がれる、痛切な後悔。
私はゆっくりと手を伸ばし、彼の乱れた髪を優しく撫でた。
これまで彼に一方的に与えられてきた痛みや支配が
この瞬間、一つの「祈り」に変わっていくのを感じた。
「先生……。私は、その人じゃありません。私は、先生にどれだけ縛られても、先生を嫌いになんてなれない」
「……結芽」
「だから、もう『管理』なんて言葉で自分を騙さないで。……ただ、愛してほしいんです」
先生はゆっくりと顔を上げると、潤んだ瞳で私をじっと見つめた。
彼は私の手をとり、その掌に深く、誓いのような口づけを落とした。
「…………お前の言う通りだ。俺は、お前に狂っている。……管理などという言葉では到底足りないほど、お前を、愛しているんだと思う」
その言葉は、これまでのどんな命令よりも深く、私の魂に刻み込まれた。
冬馬先生は立ち上がると、私を壊れ物を扱うようにそっと抱き寄せ、唇を重ねた。
それは苦くも血の味もしない、雨上がりの朝露のように、ただ、静かで清らかな口づけだった。
一条が仕掛けた過去の呪縛は、今、私たち二人の手によって解かれようとしていた。