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「そういえば、さっきクリスマスが近いって話が出たけど、奏は何か欲しい物はないのか?」
怜はテーブルに肘を突いて手を組みながら奏に尋ねてみたが、奏は顎に手を添えて、遠くに視線を向けたままだ。
「う〜ん…………欲しい物は……特にないかも」
彼女の答えに、怜は意外に感じた。
まだ二十代半ばの彼女だったら、ハイクラスブランド物のバッグやジュエリー、デパコスなど、そういう物に興味がありそうな感じがしたのだ。
思い返せば彼女の服装や持ち物は、飾り気のないシンプルなデザインの物が多い。
「あまり物欲がないのか。意外だな」
「物欲。ないのかもしれません。私が欲しいのは……」
奏は言いかけて口を噤む。
——今、私が欲しいのは…………怜さんの全て。
こんな事を怜に言ったら、気持ちが重たい女と思われるかもしれない。
そう考えて奏は、その先の言葉を言わずに濁した。
恋人同士になって、まだ約二週間ほど。それなのに、奏の心は既に怜へ嵌っている。
「奏が欲しいのは……何だ?」
「いえ、何でもないです」
重い言葉を打ち消そうと曖昧に笑う奏に、怜は訝しげに視線を投げた。
「何だよ。その先が知りたいのに……」
「と、とりあえず、せっかく来たんだし、もう少し見て回りたいです。コーヒー代は私に払わせて下さい」
奏は伝票を掴むと立ち上がり、精算するために店内に向かうと、怜も慌てて奏の後を追いかけた。
「あ……」
カフェを出た矢先、奏が突然立ち止まり、小声で声を零した。
前方を穴が空くほど凝視し、気付くと無表情になっている彼女。
「こんな事言いたくないけど…………ホントにサイアク……」
奏が込み上げる負の感情を捩じ伏せるように、低く掠れた声で言い捨てた。
「奏? どうかしたのか?」
怜も奏が向けている視線を追いかけると、そこにいたのは双子の兄、圭と婚約者ではない女性。
しかも、彼女が以前、立川駅南口周辺で見かけた時のショートカットの女性だ。
二人は寄り添い、圭の左腕には女性の手が絡められている。
「アイツ……」
かつての怜の恋人、園田真理子と婚約しているのにも関わらず、圭が他の女を連れて歩いている様子に、怜の目つきが次第に厳しくなっていき、心がミシミシと音を立てながら軋んでいく。
(まさか、こんな所で圭に遭遇するとはな。何の因果なんだ……)
怜と奏は、カフェの前から歩き出し、敢えて気付かないフリをしながら、少し離れた距離で圭たちとすれ違った。
圭は気付いたようで、一瞬表情を怯ませたが、そのまま何食わぬ顔でカフェのある方向へ歩いていく。
女性は圭の表情を見逃さずに『どうかしたの?』とでも聞いたのだろう。
立ち止まって腕を引っ張り彼を見上げているが、圭は、ごまかすような笑みを見せていた。
兄と一緒にいる女性は、怜と奏に気付いていないようだ。
(もし、お兄さんと一緒にいる女性が、怜さんに気付いたら騒ぎ出しそうだなぁ……)
ある意味緊迫している状況なのに、奏はどうでもいい事を考える。
彼らの姿が見えなくなると、怜が立ち止まり、ポツリと言葉を吐き出した。
「奏の口癖ではないが……サイアクだな……」
小さな肩を抱き寄せながら、怜は険を纏わせた面差しで歩き出した。