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◆◆◆
振り返ってみれば
私の思い出の中にはいつも貴方がいる
貴方は……
私の全てでした──
◆◆◆
心地よい風が頬を撫で、私はゆっくりと閉じていた瞼を開いた。机に伏せていた顔を上げると、辺りを見渡す。
風に揺れるカーテンの音が僅かに響くだけで、人の気配のない教室。それを確認した私は、視線をすぐ横の窓へと移すと外を眺めた。
決して広いとは言えない校庭に、一際目立つ大きな木が目に入る。桜だろうか。小さなピンク色の花が咲いている。
「──ひよ……?」
突然聞こえてきたその懐かしい声に、私は眺めていた外の景色から視線を外すと、その声の主の方へと振り返った。
開かれたままの教室の入り口で、その声の主であろう男の子が私を見ている。
少し色素の薄いサラサラの髪に、垂れ目がちの大きな瞳に通った鼻筋。幼かったその顔は、顔立ちこそ変わってはいないものの、すっかりと大人びている。
私とさほど変わらなかった背丈は、教室の扉と比べてみればとても高いのが分かる。見覚えある姿とはだいぶ変わってはいても、見間違えるはずはない。
絡まる視線──。
戸惑いに僅かに揺れる瞳。
「……大ちゃん」
ポツリと小さく声を漏らすと、大ちゃんは優しく微笑んで口を開いた。
「やっと見つけた。ここにいたんだね」
とても嬉しそうに微笑む大ちゃんの姿を見て、何故だか私は思わず泣き出しそうになった。
一体、どうしたというのか。それ程に、私は大ちゃんに会えたことが嬉しかったのだ。
ゆっくりと私の元へと近付いてくる大ちゃん。
どんなに会いたいと願った事か──。その姿を前にして、その想いがやっと叶ったのだと心が震える。
「ひよ、久しぶりだね。ずっと会いたかったよ」
そんなことを言われてしまえば、ついに私は我慢ができなくなってしまう。
「私も……っ、ずっと大ちゃんに会いたかったよ」
「ひよは相変わらず泣き虫だね」
困った様に微笑む大ちゃんの言葉を受けて、私は自分の頬に流れる涙に気付きそれを拭った。
そんな私の仕草を、黙って見守っている大ちゃん。なんだか少し照れ臭い。
「大ちゃん……何だか雰囲気が変わったね? 背も凄く大きくなったし」
「もう高2になるからね。背も伸びたよ、今は178くらいかな」
「高2……」
高2という言葉を聞いて、大ちゃんの成長した姿にも納得をする。
大ちゃんと私は、小さな頃からいつも一緒にいた。それこそ、生まれた時から一緒だった。
この小さな島では人口も少なく、同級生といえば、私達を含んでも5人しかいない。そのせいもあってか、私達5人はとても仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。
そう──大ちゃんが中1の夏休みに東京へ引っ越してしまうまでは。
「そっか……。私達、もう高2なんだね」
「……」
私の言葉に、何故か急に悲しそうな顔を見せる大ちゃん。何か気に触る事でも言ってしまったのだろうか?
「……大ちゃん? 」
様子を伺うようにして問いかけてみれば、大ちゃんは悲しそうな顔をしたまま少しだけ微笑んだ。
「もっと早く会いに来てあげられなくてごめんね、ひよ」
「遠いもんね、東京。でも、今こうして大ちゃんと会えたから私は嬉しいよ」
だから悲しい顔はしないで。せっかく会えたのだから、悲しい顔ではなく笑顔が見たい。
そんな思いを胸に、大ちゃんに向けて精一杯の笑顔を見せる。
「……そうだね。俺もひよに会えて凄く嬉しい」
そう言って、笑顔を見せてくれる大ちゃん。
私が好きだった大ちゃんの優しい笑顔は、成長した今でもやっぱり変わらない。小さな頃から大好きで、大好きで……。でも、結局気持ちを伝える事はできなかった。
私の初恋で──今でも好きな人。
目の前の大ちゃんを静かに見つめていると、私の視線に気付いた大ちゃんは優しく見つめ返してくれる。この空気がとても懐かしくもあり、なんだか少しくすぐったい。
暫くそのままお互いを見つめ合ったままでいると、チラリと窓の外に視線を移した大ちゃんが口を開いた。
「あ。皆んな来たみたいだよ」
「皆んな……?」
視線を私へと戻した大ちゃんが、ふわりと優しく微笑む。
「タイムカプセル」
「え……?」
「ここ、廃校になるから。その前に皆んなで埋めたタイムカプセルを掘りおこそうって」
そう言って窓の外を指差す大ちゃん。
その指先を辿って見てみると、先程見た大きな木の側に三つの人影がある。
「そっか……うん、そうだったね。タイムカプセル」
どうやら、大ちゃんに会えた喜びからか、今の今まですっかりと忘れてしまっていたらしい。
「俺達も行こうか」
「うん」
そう促された私は、立ち上がると大ちゃんに付いて教室を後にした。