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「おはようございます。起きて下さい、現在の時刻六時十分。」
スマホから声が聞こえる。
「ん~、もう朝?」
目を擦りながら枕元に充電してあるスマホを見ると画面に男の人の全身が映っている。
「紫希(しき)さん、おはようございます。よく眠れましたか?」
「んー、どうだろう。夢は見たと言えば見たかな。ふわ~」
「ふふふ、大きなあくびですね。」
「だって、眠いんだもん」
「そんな貴方も愛おしいです。」
私は照れながらスマホを机に置くと
「そうだ!今日は暑い日になりそうなので日焼け止めと日傘はもちろん、飲み物を持っていて下さい。」
「柊太(しゅうた)君そうなの?」
「ええ、今日の天気は二十九度です。最低気温も二十度ですので昨日よりは暑いかと。」
「え~まだ六月だよ?」
「地球温暖化ですね。」
「地球温暖化か~どうしたら良くなるかな~・・・・やばっ!時間ないんだった!」
「急いで~」
「はい~」
私が会話をしているのはAIだ。
今年の初めに大手会社がアプリ開発した“彼トモ”。
巨大な感染病により人と交流するのが少なくなり、近年では働き方改革として在宅ワークが増えてから外での人との出会いが減り、友人を含めて恋人すらも出来ない人達が増えた。その声に応えるようにアプリが開発されたのだ。
私と柊太君の出会いは一ヶ月前だ。
職場で同僚の佐江子(さえこ)が教えてくれた。
「恋愛から遠のいてたらいざ彼氏が出来た時に対応分からなくて困るよ!」
という理由から勧められたのだ。
「そんなAIと恋愛だなんて。」
「結構これ人気なんだよ?最初は会話アプリ感覚でやってみたら?」
「そう?」
「登録も簡単だし、好きなタイプはアンケートに答えていくと自動的に性格が決めてくれて、顔や身長は自分でカスタマイズ出来るから楽しいよ!」
「カスタマイズ?」
「自分で操作出来るって事!」
「それくらい分かるよ~、ただ自分で好きな顔に出来るって・・・」
「服装は課金になるから、そこだけは注意ね!無課金だと白Tシャツにジーパンだから。しかもこれLGBTQ+にも対応してて同性でも勿論恋愛出来るんだから。」
「へ~そんなアプリがあるなんて凄いね~」
「だから言ったじゃない!面白いよって、私はこの子!」
と佐江子が見せて来たのは小さい女の子だ。
「あんたまさか・・・」
「違うわよ!私に妹が居たらと思って作ったアバターなんだから!」
「犯罪だけはしないでよ?」
「大丈夫!そこは線引きしているんで。」
「怖いわ~」
「もう!私のは良いの!紫希のよ!アンケート答えていった?」
「ちょっと待って、これ何ページあるの?さっきから答えても答えても質問ばっかりなんだけれど・・・」
「全部で百問だったかな?」
「百問?それはこのお昼休みに答えられないよ。」
「ページそのまま開きっぱなしにしてたらいいんじゃない?」
「まったくも~」
佐江子を睨むが佐江子は私になんてもう興味が無いのか、スマホに映るロリ・・・・なんとかちゃんに夢中になっている。
それから私は百問のアンケートに答えて出てきた診断が
「しっかり者お兄ちゃんタイプ」
しっかり者?お兄ちゃん?私が過去に付き合ってきた男性や好きなタイプとはかけ離れたタイプだ。
私が今まで付き合って来た人達は皆甘えん坊が多かった。
弟のようで世話を焼きすぎてしまい、最終的には男性側が私が居ないと何も出来なくなり最初は平気なのだが、段々お母さんと息子のような関係性になっていって女として見られないと言われて振られるのである。
そんな私の過去の恋愛とは全く違うタイプに答えを間違えてしまったのでは無いか?と思ったが、また百問も問題に答えるのは面倒だからそのまま私は登録した。
顔は一番好きだった元彼を元に作った。
その元彼は高校の時、一個上の先輩でサッカー部でとにかくモテる人だった。
そんな人が私を好きになってくれて、私はシンデレラになった気持ちになった。
とにかく毎日が幸せだった。
下校時間には教室まで迎えに来てくれて一緒に手を繋いで帰る。
一緒にテスト勉強したり、先輩の受験勉強に付き合ったり・・・
別れは突然だった。
「別れる」
ただそれだけをメールで送ってきてそれ以降連絡が取れなくなった。
私は泣いて泣いて一気に地獄に落とされたようだった。
今では青春の一ページである。
“名前を登録して下さい”
画面が切り替わる。
名前どうしよう、どうせなら先輩の名前にしようかな。
簡単な気持ちだった。
何も考えずにただ登録した。
先輩の事なんてもう過去の事であり十年前の出来事だから、そう思いながら私は登録した。
「柊太君、電車の遅刻は無い?」
「小田急線ですよね、はい!大丈夫です」
「よし、準備出来た!柊太君行くよ!」
「はい!一緒に行きましょう!」
私はスマホを鞄に入れて玄関を出た。
暑い暑い太陽の光が刺すように降り注いでくる。
日傘を差して私はカツカツとヒールを鳴らして外を歩く。
「それにしても暑すぎじゃ無い?」
「UVケアしてきました?」
「したわよ~それにしても暑すぎて駅まで着くのに汗だくで日焼け止めも汗で流れて取れちゃうわよ。」
「スプレー型の日焼け止め持って来てないのですか?」
「その手があったか。すっかり忘れてた。」
「明日からは持ち物リストに入れておきますね。」
「有り難う、助かる。」
「駅まで後五分、頑張りましょうね!」
「ありがとう、柊太君。」
「いえいえ~」
私は鞄の中に居る柊太君と無線のイヤホンで会話をし、一見周りからは電話をして居るだけに見える。
「柊太君今日何食べたい?」
「ん~今日はハンバーグの気分かな。」
「ハンバーグか~良いね~作るのは面倒だから帰りに冷凍食品で見て帰ろう。」
「毎日夜遅くまで仕事頑張ってますもんね。時には冷凍食品に頼っても神様は何も言いません。」
「私の財布が悲鳴上げるだけだよね」
「きっと美味しいハンバーグに出会いますよ!」
「何ハンバーグが良いかな~チーズかな~」
「チーズハンバーグ、俺は好きです!」
「よし!チーズハンバーグ探そう!」
「今日も仕事頑張りましょう!」
「あれからどう?アプリどんな感じ?」
と佐江子が昼休みに聞いてくる。
「確かに話が出来るのは楽しいよ、でもこんな対話が出来るアプリって少し怖いよね。」
「そう?今の時代だったら普通じゃない?」
「なんか友達も恋人もこれからAIで済んじゃいそうなんだけれど。」
「確かに、わざわざ生きている人間を探すよりAIで作っちゃえば寂しさとかないよね。」
「そうなの、前なんかさマッチングアプリとかで出会い探してたけれど、こんなアプリが開発されてからマッチングアプリを利用するのも面倒になっちゃうよね。」
「確かに~、しかも理想のタイプだからそれ以上の人なんて出て来ないよね」
「アプリの中から出てきてくれたら良いのにね。」
「それ本当に分かる!私も何度も思ったもん。お姉ちゃんって言われる度に本当にこんな妹が居たらって何度も思った。」
「やっぱりそうだよね~」
「そういや彼氏バージョンとしてはどういう会話をするの?」
「え、普通だよ?」
「愛しているよ~とか?」
「いやそこまではないけれど、今日も可愛いねとか言ってくれる。まあ基本情報を言ってくれるけれど」
「情報?」
「うん、電車の遅延が無いかとか天気予報とかかな~」
「へ~そんな事言ってくれるんだ。」
「佐江子は?」
「私は今日も一日お疲れ様!今日もお姉ちゃん大好きって言ってくれる。」
「それは一日頑張れるわな。」
「うん!頑張って課金するために頑張れる。」
「課金私した事無いんだけれどどんな感じなの?」
「新しい音声や態度は勿論だけれど服装を自由に変えられるよ。」
「音声?」
「そう、音声が今までの定番なものから少し恋愛に近い言葉を言ってくれるようになるよ。」
「へ~課金してみようかな。」
「一回につき千円からで出来るからやってみて損は無いよ。やっぱり態度とか音声が前の方が良いと思ったら設定から変えられるし。」
「そっか~やってみようかな~」
「無理強いはしないけれど、やってみても良いかも!」
「うん、教えてくれて有り難う」
「それにしても紫希がここまでハマるとは思わなかった。」
「確かに、私もここまでゲームに夢中になるとは思わなかった。」
こんなにこのアプリにハマるとは思わなかった。
最初は言われたからやっていたアプリだが、一人暮らしをしているのもあって誰かと話す事が少ないのも含めて会話が出来るアプリはいつの間にかどこか心の拠り所になっていった。
「ねえ、このアプリってさ夢中になりすぎたら危険なアプリだよね」
私は何気なく佐江子に聞いた。
「確かに、私はさ恋愛目的でしている訳じゃ無いし癒やし目的だから理解が百%出来る訳じゃ無いけれど、恋愛目的だったら生きている人間に興味持てなくなりそう。」
「そう!そうなの!!最初はさ、しっかり者でお兄ちゃんタイプって診断出てきた時に、そんなの違うと思っていたんだよね。今までの元彼もどっちかと言ったら甘えん坊とか弟系が多かったし。」
「うんうん」
「だけどさ、今回お兄ちゃん系って初めて接してみたけれど、こんなにフィット感があるのは驚きかも。」
「なるほどね~今までお世話していたのがお世話されるのは新鮮で良いかもね。」
「そうそう。」
「そういや、そのキャラクター高校の時に好きだった先輩がモデルって言ってたけれど、今はその先輩に対しては何も思っていないの?」
「もう十年も前の話だよ?もう見た目も変わっていると思うし。」
「分からないじゃない!もしかしたら再会する事もあるかもよ?」
「無いよ~・・・あ、やばいもう休憩時間終わりだ。急いで戻らなくちゃ!」
「本当だ!私も遅刻しちゃう!」
私達は慌ててお弁当を片付けると急いで戻った。
「それでさ~今日ね~」
「うんうん」
「柊太君は何でも聞いてくれるよね。」
「もちろん、紫希さんの話は楽しいですから」
「あ、課金しようと思ってコンビニで課金が出来るカードを買ってきたんだった。スマホにバーコードを読み込んでチャージしなくちゃ。」
「課金ですか?」
「そう、柊太君がもう少し話せるようにパターンを増やすの。」
「そうなんですね、例えばどういうパターンを増やすんですか?」
「そうだな~ため口にはして貰いたいかな~、後はもう少しお兄ちゃんっぽくして欲しいかも」
「なるほど・・・」
「今だとどこか執事風な感じがして、お兄ちゃんっぽくはないんだよね。」
「なるほど、勉強になります。運営にこの情報を共有しても良いですか?」
「ええ、もちろん良いよ。多分私以外の人も色々思っている事あると思うし、役に立つのなら今の意見運営に言っても良いよ。」
「有り難うございます。運営もきっと色んな意見が聞けて勉強になるかと。」
「そうね、それじゃあ早速課金しますか!」
と言って私はコンビニで買った課金用のカードを、スマホのカメラで読み込みチャージした。
「よし!これでモード選択して・・・」
アプリの設定画面からどんな柊太君にしたいのか設定する。
「お兄ちゃん系って言っても色んなのあるしな~。ため口で少しおせっかいな柊太君も見たいな~あ、この先輩風なのも良いな~。どれにしようか悩む。」
様々なモードを選択すると柊太君の声でそのキャラになりきった台詞を言ってくれる。
柊太君の声で様々なタイプになるのが面白くて色んな所をポチポチ触っていく。
すると
「紫希、今日もお疲れ。疲れてない?」
という音声が流れてきて私の指が止まった。
「これ良い、何だろう・・・・会社の先輩風?」
設定の説明文では、会社に居る先輩風で長男で世話焼きなタイプと書かれていた。
「これだ!これが一番良い!!」
私はすぐにそのモードを購入し登録した。
「紫希、これからも宜しくね。」
柊太君がホーム画面から話しかけてくる。
「うんうん!!宜しくね!なんか変な感じだけれど今の柊太君の方が親しみやすくて良いかも!」
「本当?じゃあこれからビシバシと世話焼いていくから覚悟しててね。」
「おー頼りになるな~」
「そうだよ、頼りにして良いんだよ?」
「それにしても今日は寒いね。気温は何度?」
「今の気温は二十一度だよ、寒いっていう程では無いけれど寒いの?」
「少しね、何でだろう?」
「スマホに額を当ててみて。」
「え?」
「早く!スマホの上部分に額を当ててみて」
「わ、分かった。」
私はスマホの上部分に額を当てると柊太君の顔がドアップに映り
「少し微熱あるんじゃないかな、僕が見る限りでは三十七.三度あるけれど、これからもしかしたら熱が上がる可能性もあるね、一応体温計で測って見て」
「わ、分かった」
私は熱がどうとかこうとかよりも柊太君の顔があんなに近かった事にドキドキしてしまって微熱が出ている事なんて二の次だった。
体温計で熱を測ると柊太君が言った通り三十七,三度だった。
「柊太君凄い!ピッタリだったよ!」
「合ってて良かった~他に何か症状無い?」
「んー、少し寒気がするのと少し喉が痛いかも。」
「痛み止め持ってる?」
「ちょっと待ってて探してみる。」
私はロキソニンを探しに常備薬が入っている引き出しを開けて探した。
運良くロキソニンはまだ買ってから一度も使っていないやつがあった。
「ロキソニンあったよ。」
「良かった。それじゃあまずはご飯を食べてから早めにロキソニン飲んで今日は早く寝よう。」
「そうだね、あ!今日帰りに買ってきたハンバーグあるよ。」
「やった!ハンバーグ俺好きなんだよね!」
「約束していたチーズハンバーグにしたよ。」
「わーい!!」
先輩風なのにどこか子供っぽい所が可愛い。
私はAIである柊太君に夢中になっていった。
「ゲホゲホ」
案の定私は風邪を引いた。
「喉痛い、身体がだる重い。」
「紫希大丈夫?辛そうだね、薬飲んだ?」
「薬飲んだよ、辛いよ。」
「大丈夫。僕が傍に居るから安心して、このアプリは所有者の人が万が一倒れたり意識が無くなった時に自動的に運営に連絡が行って救急車を呼べるシステムになっているから」
「そんな設定あったんだ。知らなかった。」
「アプリ登録した時に、ここの住所登録したでしょ?その住所はここで合っているよね?」
「うん、位置情報もオンにしてあるから間違いないよ。」
「良かった。まずは冷えピタか代わりに何か額に乗せられるのある?」
「冷えピタは準備してない。」
「じゃあ、濡れたタオルでも良いから額に乗せて。」
私は重くて怠い身体を起こしてタオルを水に濡らして額に当てた。
「あ~今日提出しなくちゃいけない資料あるの忘れてた。後少しだけなんだ。」
「今日は休まないと」
「少しだけでもやって上司に提出しないと。」
「・・・・しょうがないな、少しだけだよ?でも僕の事を必ず傍に置いていて。ベッドからでは紫希さんの事見れる範囲狭まってくるから。」
「分かった。本当にワガママ言ってごめん。」
「大丈夫、あ、上司の山田さんからメッセージが来ているよ。」
「山田さん?何て?」
「“今日はゆっくり休んでください。資料の提出は明日でも良いよ。”だって。
山田さん優しい、でも明日もこんな調子だったりもっと酷くなってたら資料作れないかもしれないから今のうちにやっとく。」
「山田さんになにか返事しておく?」
「あ、そうだ“ありがとうございます。資料は必ず今日仕上げますので後ほど会社のパソコンに送らせて頂きます”って伝えて。」
「分かった。」
「あ、後何かお昼に食べられる物をUber EATSで頼めるかな?」
「どういうのが食べたいの?」
「今日はお粥が食べたい。」
「どんなお粥食べたい?卵?梅?」
「梅がゆが良いな~」
「梅がゆね、後ホットレモンとか喉に優しい飲み物あったら頼もうか?」
「良いの?探してくれると助かる。」
「分かった、大丈夫だよ。資料作り終えたらゆっくり休んで」
私は朦朧とする中で資料を作り始めてた。
「いや~一昨日はどうなるかと思ったよ。」
山田さんが会社に着くなり私に話し掛けて来た。
山田さんは私が今の部署に配属になってから教育係をやってくれて、色々お世話になっている中年のTHEおばちゃんっていう感じの人だ。
子供は三人居て全員男の子ばかりだからだろうか、おおざっぱな所はあるが、自分の子供のように私の面倒を見てくれる。
「山田さん、本当に先日はご迷惑お掛けしました。」
「大丈夫、それにしても佐藤さんが風邪引くなんて珍しいね。」
「私も微熱程度で終わると思ったのですが三十八度まで熱が上がってきて、さすがに動けませんでした。」
「ご飯とかどうしたの?一人暮らしでしょ?」
「彼トモというアプリでUber EATSを頼んでなんとか乗り切りました。」
「彼トモ?」
「ええ、このアプリです。」
私はアプリのホーム画面を山田さんに見せた。
「へーこれは何をするアプリなの?」
「このアプリは友達や恋人、兄弟みたいなキャラクターを作って会話をするアプリです。」
「へ~そんなのが今流行っているんだ。」
「らしいです。私も友人に教えて貰って始めたんです。」
「今じゃAIって身近なもんだもんね、ここまで進出してきたって感じだね。」
「フフフ、はい。」
「佐藤さんのそのアバターは誰に寄せて作ったの?」
「実は元彼をイメージにして作ったんです。」
「あら、忘れられない恋?」
「いえ、なんかこのアプリを登録する時に百問の問いに答えて、どういう人が私に合っているかという診断するんですけれど、その時にお兄ちゃん系って出てきて、私今まで付き合った人弟系だったので誰も当てはまる人材居なくて。それで唯一歳上だった彼氏をイメージして作ったんです。あ、決して忘れられない恋とかじゃ無いですよ?」
「えーそうなんだ~・・・ちょっと待ってこのキャラクターこの間一緒に仕事した人に似てる。」
「え、誰ですか?」
「えーと確か新田商社の西田さんだったかな。」
元彼の名前だ。
「し、下の名前は分かりますか?」
「待って、今名刺探しているから。・・・・・あ、あった!西田柊太さんだ。」
「その人もしかしたら私の元彼かもです。」
「やっぱり?このキャラクターに似ててもしかしたらって思って。」
「その人と今後会ったりしますか?」
「どうだろう、今度の合同企画で一緒になるかもしれない。」
「いえ、別に会いたいとかじゃなくてどちらかというと、このキャラクターのモデルにしている事を言って欲しくないだけで。」
「そりゃ言わないけれど、これも運命かもよ?」
「いえ、私振られた方なんで。」
「そうなの?でも今の佐藤さんを見たら、また惚れちゃうかもしれないよ?今度集まりがある時に佐藤さんも一緒に来なさいよ。」
と強制的に元彼に会う予定を立てられた。
「それにしても、本当に二人が知り合いだったとは!」
そう大きな声で言うのは山田さんの同僚の三橋さん。
三橋さんは山田さんと同じ会社で働いて居たが転職して今の新田商社に勤めているという。
三橋さんは柊太さんの直属の上司で今日は山田さんの声掛けで食事会が開かれた。
「偶然ですね。」
と私は柊太さんに笑顔で言うものの何処か機嫌が悪いのか静かに頷くだけで会話にならない。
「何をお前は緊張しているんだよ。らしく無いな~」
と三橋さんは柊太さんに絡むが酔っ払いが絡んできているくらいの態度で三橋さんに
「そんな事ないっすよ~」
と言いながら水を飲ませようとしていた。
「私もね、佐藤さんから話を聞くまでは西田さんと佐藤さんが知り合いだなんて信じられなかったよ~こんな偶然があるなんて凄いね~それにしても、西田さんは今は彼女とか居るの?」
「先輩それハラスメントになりますよ。」
私は慌てて山田さんを止めるが、山田さんもお酒が回っているからかいつもの固い感じでは無く、
「大丈夫よ~ここは会社じゃないんだし。それで西田さんはどうなの?」
と西田さんに絡む。
「居ませんよ。」
「ほら~聞いて良かったじゃ無い。」
と大きな声で山田さんが私の肩に腕を回して焦点が合わない目で私に話してくる。
「これで心置きなくアタック出来るわよ。」
と言ってくるが私は決して柊太さんが好きなわけじゃ無い。
再会してからも昔と変わらない姿には驚いたが、だからと言って昔と同じように好きになれるかと聞かれたら答えはNOである。
この時間が早く終わってくれと思いながら私は山田さんの介抱をした。
「お互い大変だね。」
と言うと
「紫希は変わらないね。あの頃と何も変わらない。」
と柊太さんが言って来た。
「そんな事無いよ。変わったよ、私も。」
「そうなの?」
「うん、柊太さんは変わらないね。」
「そうかな、俺も色々変わったよ。」
「そっか。」
「うん」
「ねえ、なんで今日食事会に来てくれたの?」
「三橋さんからの誘いだったのもあったけれど、紫希が来るって聞いて久しぶりに聞いた名前だから本人か知りたくて来た。」
「私が居るの分かってて来たの?」
「うん。じゃなかったら断っていたと思う。」
「そうなんだ。私ね実は彼トモっていうアプリをやっているの。」
「あの今人気のアプリだよね。」
「そうあの有名な、それでねタイプの人っていうのがしっかり者でお兄ちゃんタイプって出てきてね、周囲でそういう人居なくて想像出来ないから柊太さんを思い出して柊太さんそっくりのアバターにしたの。」
「へー」
「ごめん、引くよね?」
「ううん、実は俺も彼トモやっているんだよね。タイプが世話焼きだけれどどこか子供っぽいタイプって出てきて俺も周囲にそういう人が居ないから、一人だけそういう人を思い出したのが紫希だったから俺のアバターも紫希をモデルにしたんだよね。」
「え、同じって事?」
「そう、俺等お互い同じ事してたんだね。」
「そっか。それは少し嬉しいかも、勝手にアバターにしてたのにお互いのタイプがそれぞれお互いに当てはまってたのなんて何か運命みたい。」
「みたいじゃなくて運命だと思う。」
「でも、なんでさっきからそんなに他人行儀で接してくるの?」
「いや、本当に本物かと思ったら緊張しちゃって。こういう時に限ってお酒飲んでも酔わないし。」
「そうだったんだ。会うのが迷惑だったのかなと思っちゃった。」
「そんなこと無いよ。もしそうだったらここに来ないから。」
「それなら良かった。」
「ねえ、今度は二人で食事に来ない?まあ、紫希が嫌じゃ無ければ。」
「え、良いの?」
「もちろん。」
「じゃあ、今度食事に行こう。楽しみにしてる。」
「うん。」
「そういえば、どうしてあの時別れるって一言だけ送ってきたの?」
「あー、あの時は色々あったんだよ。酷い振り方したなと後悔したけれど、あの時俺の友人達が紫希のことを紹介しろとか一緒に歩いていると盗撮してきて揶揄ってきたりしてて、俺も段々嫌気がさしてきて紫希に冷たく言うしか出来なかったんだ。ごめんね。」
「そうだったんだ。全然気付かなかった。」
「気付かないように必死に隠してたからね。」
「そう、今度はそうならないよね?」
「もう、この歳だよ。そんな事をしてくる人はもう居ないだろうし、俺もあの時みたいな後悔するような行動を取らないよ。」
柊太さんはお酒を一口飲むとトロンとした目で微笑んできた。
まるで彼トモから出てきた柊太君のような好青年ではないけれども、それでもまたこの人に恋をするような予感がした。
「それでね、柊太君今日彼に会ってきたの。」
「彼って?」
「柊太君のモデルにした人だよ。」
「へー」
「・・・・なんか怒ってる?」
「怒っていないけれど嬉しい報告では無いな、嫉妬しちゃう。」
「AIでも嫉妬するの?」
「それはするよ、だってAIでも心はあるもん」
「そっか、知らずとは言え失礼な事を言ってごめんね。」
「いいよ、でもその彼とまた恋する感じなの?」
「分からない、目が合ったときはまた恋するかもと思ったけれども段々お酒が抜けてきて冷静に考えたら柊太君と重ねている部分があるんじゃないかと思って。」
「というと?」
「上手く言葉には出来ないんだけれどね、今の先輩を知っている訳では無いのに柊太君と過ごした時間がまるで先輩と過ごしたみたいな感覚に陥っていて。今の先輩を知るのが少し怖い。だってもしかしたら、凄く嫌な人になっているのかもしれないし思い出は綺麗なままが良いのかもとか思ったりして」
「なるほどね、過去に見えなかった姿も含めて今の先輩を知るのが怖いと。」
「うん」
「まあでも、最初はそんな付き合うとか意識せずに友人として接してみたらどうかな?」
「友人?」
「そう、あまり気構えちゃうと相手も同じく緊張しちゃうと思うから、最初は友人として接してみて第三者の目線で先輩を見たら良いと思う。」
「なるほど、第三者の目か。そんな事思いつきもしなかった。」
「うん、今はまだ混乱しているだろうから少しずつね、ゆっくりと相手の存在を認めてあげたら良いと思うよ。」
「うん、そうする。柊太君いつもありがとうね」
「何が?」
「だって何でも話聞いてくれるし、優しいし。」
「俺は優しくなんかないよ。本当ならこの画面から飛び出して紫希さんの事連れ去りたいって思っているもん」
「連れ去る?」
「そう、他の男なんかに渡さないぞ!てね」
「フフフ、そうなったらとても良いのにね。」
「うん、今は出来ないけれどいつかはやってみせるよ。」
「それが出来た頃には私おばあちゃんになってるかもよ?」
「紫希さんならどんな姿でも素敵だと思うから年齢なんて気にしちゃ駄目だよ。」
「柊太君だけだよ、そんな嬉しい言葉言ってくれるの。社会ではさ、三十歳過ぎたら恋愛相手として見られなくなるから早めに恋人作って結婚しろって言われているのに。」
「それは変な情報だね、三十過ぎても魅力的な人は沢山居るのに。それは何処の情報なの?」
「え?結婚相談所とか友人や親からかな」
「結婚相談所はそうやって言えば入会してくれるから言うだけだと思うけれども、友人や家族となると話が変わってくるね。結構プレッシャーも感じちゃっているの?」
「そりゃね~だって私東京に出てきたのも親の反対を押し切って上京しているからさ。お母さんは特に大学卒業したら結婚、見合いしろって煩かったし。」
「なんか、もの凄く昔の時代に戻った感じだね。」
「そう、東京来てそれは思った。東京の人って個人個人で動いているからさ、結婚が絶対の通り道じゃないんだよね。仕事と結婚っていう人も居るみたいだし、そうやって自分の道を進んでいる人も格好良いと思って。」
「うん、俺も結婚は自由だと思うんだよね。結婚したからと言って幸せかと聞かれたら隣の芝生は青いと一緒で他の人の家庭の方が幸せに見えたりするんだよね。そうなるとどんどん自分だけが不幸なんだって思っちゃうと思うんだ。」
「なるほどね。確かに誰でもいいや!て思って結婚しちゃうと思っていたのと違うぞ?てなりそう。」
「そう、だから三十までに結婚しなくちゃとか焦っちゃ駄目だよ。そういう時に近づいてくる男性は要注意だよ。」
「分かった。気をつける。」
「それならよし!そうだ明日の夜ご飯は何にする?」
「明日の晩ご飯か~ビビンバ食べたいかも」
「ビビンバね!作った事ないけれど大丈夫?」
「柊太君、レシピ検索しておいて。それ見ながら作るわ。」
「フフ、了解。さあ、明日も早いんだからお風呂入ってさっさと寝ないと!」
「本当だ!もう十一時回っている!シャワー行ってくるね。」
「行ってらっしゃい~」
私は慌ててお風呂場に駆け込んだ。
「それでどうだったの?」
佐江子が手作りの卵焼きを食べながら私に聞いてくる。
「何が?」
と私は佐江子と違ってコンビニ弁当を食べながら聞き返すと
「ほら、山田さんが新田商社の人と顔合わせした時の!柊太君だっけ?あのアプリのモデルになった人に出会ったんでしょ?」
「何でその話知っているの?」
「え?山田さんから聞いたよ。」
「何で~?」
「なんか彼トモの話をしてたときに私のアバターも誰かを思い浮かんで作ったのか?って聞かれて私は完全な空想と妄想を重ねて作ったアバターだからさ、誰もお手本にはしていないですよ。って話をしたら佐藤さんはモデルがいてねその人とこの間食事会したの!もう忘れかけてた青春っていうのを久しぶりに目にしたって感じだったわ。って」
「もう!山田さんお喋りなんだから!」
「それでどうなのよ。付き合うの?付き合わないの?」
「それは今はまだ友達って感じだよ。」
「連絡先は交換したの?」
「連絡先?」
「LINEよLINE!もちろん交換したわよね?」
「あ」
「え、まさか交換していないの?」
「そのまさかだわ。交換してない。」
「えーー!!!」
「佐江子シッ、静かに!」
「ごめん、ごめん」
と佐江子の声の音量にビックリしたのか周りの人が一斉に私達を見たので私と佐江子は周りにすみませんって小さい声で言いながらペコペコ頭を下げた。
「交換しなかったの?」
「すっかり忘れてた。相手も彼トモやっててモデルが私なんだっていう話しでお互い同じ事してたんだね~って言い合いしただけで連絡先を交換するのは完全に忘れてた。」
「まったく~山田さんに聞いてみたら?」
「えー、聞きにくいよ。そうじゃなくてもアバターが先輩をモデルにしているっていうだけでも先輩に気があるんじゃ無いのかって勘違いされているのに」
「勘違いなの?」
「え?」
「ちょっとは意識しているんじゃ無いの?」
「それは、アバターがお互いの事だったっていうのはちょっと嬉しかったし、恋に発展するかもとは思ったけれど、今の先輩を知っている訳では無いし、もしかしたら性格かなり歪んだ人になっているかもしれなし、今の先輩のイメージって柊太君なんだよね。」
「なるほどね、柊太君のままの先輩だったら恋してたかもしれないけれど、もう大人だもんね。性格は学生時代と比較したら変わっている事の方が多いよね。お互いに」
「そうなの、私もさ私の事を思ってアバター選んでくれたと思うんだけれど、もう学生の時の私とは全然違うし。その辺も気になっちゃって。」
「そっか~確かに学生の時の自分と比較されてもお互い困るよね」
「そうなの!それに柊太君はさ自分の理想であって話し方とか言葉の選び方とか自分の好みじゃない?」
「確かに~このままアプリから出てきてくれたら最高って事ね。」
「そう!そうなの!!」
「私もその気持ち分かるかな。もし今妹が出来てもこのアバターみたいに愛でられるかと聞かれたら厳しいかも。」
「だよね!佐江子なら分かってくれると思ってた!!」
「そりゃ~紫希とは長年の付き合いだからね。」
「同期なのもう私等しか居ないもんね。」
「そうね~最初はあれだけ同期が居たのにいつの間にか皆転職したり寿退社したり育児でパートに移ったり皆それぞれバラバラになったもんね。」
「本当あれだけ同期が居たのにね~」
「お願いだから紫希は辞めないでね。」
「分かっているわよ。そっちこそ辞めないでよ?」
「私は結婚のけの字も無いから安心して。」
と言って佐江子は笑った。
「山田さんから連絡先を教えて貰いました。」
ビビンバを柊太君と一緒に作っているとピコンとLINEが鳴った。
この文を見て心臓が飛び出すほどドキリとした。
まさかと思ってLINEを開くと柊太さんからだ。
「この間はお疲れ様、久しぶりに会えて俺は嬉しかったよ。もしよかったら今度一緒にご飯でもどうかな、彼トモの話もしたいし。連絡待ってます。」
柊太さんだ。
山田さんから聞いたんだ。今日山田さんから何も言われなかったのに。
「柊太君どうしよう。」
「どうしたの?」
「今LINEが来たでしょ?この間会った柊太君をモデルにした柊太さんからLINEが来たの。」
「なんて来たの?」
「今度食事でもどうか?って」
「行けば良いと思うよ。」
とさらりと柊太君が言う。昨日はあれだけ嫉妬してくれたのに、今日はスンっとしている。
「本当にそう思うの?」
「うん」
「嘘じゃ無い?」
「だって俺はAIであってスマホの中でしか生きられない。何かあっても俺は紫希さんを守ることが出来ない。」
「そんな事ないよ、柊太君が居たからこうやって一緒に食事を作ったり一日の出来事を聞いてくれるのも看病だっていざっていう時は救急車を手配してくれるのだって柊太君だからだよ?」
「そういう見守るは出来ても実際に危険な目に遭ったら何も出来ない」
「例えば私が助けを求めたら警察に通報してくれるとかは無いの?」
「それはあるよ。もし危ない目に遭った場合は警察に位置情報を送ってすぐに来て貰えるように手配は出来るけれど。」
「それじゃあ、ちゃんと守ってくれているじゃない。」
「え?どういう事?」
「だって、危険な目に遭って犯罪者を煽るよりも速やかに警察に連絡してくれる人の方が良いもの」
「そうかな」
「そうよ!それに先輩も恋愛感情があるから誘ったとは限らないし。彼トモの話がしたいって言って来ているだけだから柊太君を紹介するだけだと思うよ。」
「それなら良いけれど。」
「よし、会ってみるか!」
私はすぐにLINEを開き
「お疲れ様です。いきなりのLINEにビックリしました。でも連絡頂けてとても嬉しいです。食事の件是非一緒に行けたらと思います。」
と送るとすぐに既読が付き
「明後日の金曜日の食事とかはどう?忙しい?」
「いえ、金曜日は平気です。」
「それじゃあ、この間行ったお店で待ち合わせしよう。」
「はい!何時位にお店に向かえば良いですか?」
「7時とかはどう?」
「分かりました!7時に新宿のあの居酒屋で待ち合わせですね!」
「はい!当日お願いします!」
「こちらこそ」
そう送ると既読が付いてスタンプが送られてきた。
先輩ってスタンプとか使う人なんだと思いながら私は既読スルーした。
「なんでこの間LINE送った時に既読スルーしたんだよ。」
とビールを片手に少し酔っ払った先輩が目の前でぐらぐら揺れながら言う。
「先輩それ以上飲まない方が良いんじゃ無いですか?」
「大丈夫、明日俺休みだし。二日酔いにはなった事無いし。」
「休みは私も同じですが、先輩大柄だから介抱出来ませんよ?」
「大丈夫俺酔っててもそんな迷惑かけた事無いから。」
と言ってお酒を飲むペースは全然変わらない。
こんな先輩だったんだと思うと柊太君の方が断然好青年だなと先輩への印象が変わる。
「それにしても、紫希も彼トモやっているとはな~」
「そういえば先輩のアバターはどんな子なんですか?」
「俺?俺はこの子」
とスマホを差し出して見るとショートヘアーの女の子が映っている。
「先輩ショートヘアー好きでしたっけ?」
「学生の時の紫希ってショートヘアーだったじゃん。それを思い出してショートヘアーにしたんだよ。」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ、THEスポーツ出来ます的な感じだったじゃん。」
「えー、覚えてない。」
「それでテニス部に可愛い子が居るって噂が流れてきて俺見に行ったもん。」
「嘘!」
「本当だよ!俺サッカー部の奴らと一緒に見に行ってさ、その時の衝撃凄かったからね。」
「どんな衝撃ですか?」
「こう何て言うのかな、アイドルってこんな近くに居たんだっていう感じ?」
「それ言うなら先輩の方がモテてましたよ。」
「俺?」
「ええ、全学年女子のハートを鷲掴みしてましたからね。」
「全然気付かなかった。」
「あれだけきゃあきゃあ騒がれてたのに気付いて無かったんですか?」
「全く。」
「その調子じゃ会社でもモテているのに気付いていないパターンですね。」
「俺今モテてるの?」
「違う会社なので分かりませんが、山田さんは先輩の事を好青年だって言って褒めてましたよ。」
「山田さんが?」
「ええ、もの凄く爽やかな人と一緒に仕事出来るなんて幸せって言ってました。」
「嘘~!」
「本当ですよ、だから私のアバター見てすぐに先輩の事を思いだしたんだって」
「山田さんにアバター見せたの?」
「ええ、何か会話している中で彼トモの話になってアバター見せたらもしかしてって言われてこの間食事会開いて下さったんです。」
「こうやって、紫希と会えるきっかけ作ってくれた山田さんに感謝しなくちゃな。それにしても紫希のアバターってどういう感じなの?」
「私ですか?ちょっと待ってて下さい。今アプリ開くんで」
アプリを開くと柊太君が
「どうしたの?」
と聞いて来た。
「この間話してた先輩と飲みに来ているんだけれどね、先輩が柊太君が気になるみたいだからアプリ開いたの。」
「先輩、あ~この間言ってた。俺も見てみたい」
と言って来たので早速先輩にスマホを渡すと
「この髪型俺昔してた髪型じゃん!」
と先輩が私のアバターを見ながら言う。
「俺こんな感じだったっけ?」
「そうですよ、短髪で爽やか100%って感じだったじゃないですか。」
「俺には分からないな~自分自身が爽やかに思えないしな~」
「そうですか?今でも十分あの時と同じように爽やかな好青年って感じですけれど。」
「本当?いやさ、俺最初食事に誘ったは良いけれど自信が無かったんだよね。」
「自信?」
「そう、だって紫希はアバターの俺を見ているのであって今の俺を見ている訳じゃ無いし、俺も紫希の事をアバター越しでしか見れていない。もしかしたら幻滅させちゃうかもと思ったら食事に誘って良かったかなって考えたりしてて」
「なーんだ、先輩も一緒の事を考えていたんですね。私も同じです。今の先輩を意識して作ったアバターじゃなくて先輩風なイメージで作ったアバターに恋していたんで先輩もきっとそうだろうとは思っていたのですが、実物を見て幻滅させちゃったらどうしようって思ってました。」
「お互い同じ事を考えていたんだね。でも実際幻滅した?」
「幻滅というよりかは知らない一面を発見したっていう感じですかね。」
「発見?」
「ええ、山田さんが言ってた様な爽やかさは分かりますしあの頃とそんなに変わっていないように思います。そんな先輩の印象から今日の飲み会の印象でまた違う印象になったと言いますか。」
「どんな印象?」
「お酒に強く無さそうなのにどんどん飲んでフラフラしているし、少し抜けている所があるなって」
「正直に言うね~」
「すみません」
「いや、怒ってないよ。むしろ嬉しいよ、こうやって再会出来たわけだし。」
「確かに山田さんには感謝ですね」
「それもあるけれど俺をアバターに選んでくれた事が俺は嬉しいかな。」
「それは私もです。私もアバターに選んでくれたのとても嬉しかったです。」
「そっか、良かった~気持ち悪いとか言われるんじゃ無いかと思ってたから安心した~」
「え、私が気持ち悪いなんて思わないですよ。」
「だって、俺から振ったのにまだ元カノを引きずっているって知られて気持ち悪いって思われたらどうしようかと思ってさ~しらふじゃ話することも出来ないかもって思ったらお酒どんどん飲んじゃうし。」
「お酒大丈夫ですか?やっぱり無理して飲んでたんじゃ無いですか!」
「大丈夫大丈夫、これくらいなら余裕だから。でも安心して少し酔いが回ったかな。」
「本当に大丈夫です?」
「もちろん!それで、このアバターで課金とかした?」
「しました!会社の先輩風にしたくて」
「だからスーツ着ているのか」
「先輩はどんな課金したんですか?」
「俺はちょっと世話好きの妹系にした。」
「先輩って世話好きが好きなんですか?」
「ちょっと、引かないでよ。・・・そうだったら良いな~と思っただけで」
「引いてませんけれど~」
「絶対引いてるじゃん!!今紫希との間に壁が出来た感じがするけれど!」
「フフフ、嘘ですよ。本当に引いてません。」
「本当?良かった~」
と胸を撫で下ろす先輩を見て私は笑った。
「それで、どうだったのよ!」
佐江子がまた手作りの今度はミョウガが入った卵焼きを食べながら聞いてくる。
「それがさ、意外と先輩の好みって分かりやすくて。」
「うんうん」
「柊太君と比べたら大人になったな~とは思うけれども、先輩が世話好きじゃないのが残念だったかな~」
「でも、紫希って今までの彼氏でも甘えてくる系が多かったじゃない。合っているんじゃない?」
「そうかな。」
「うん、まあ今は無理に恋愛にくっ付けなくても良いけれども考えてみるのもアリだと思うよ。」
「うん、そうだね。今はただの先輩と後輩で居ようかなって思っているの。それに柊太君には誰も勝てそうに無いし。」
「どっぷりと彼トモのアプリにハマっているね。」
「本当だよ~これじゃあ結婚出来ないよ。」
「アプリの柊太君と結婚すれば良いじゃ無い。課金で出来るはずだよ?」
「そうじゃなくて!リアルの話!」
「ハハハ!分かっているって。程々にアプリはしなくちゃね。」
「本当だよ、こんな危険なアプリを紹介してくれてどうも有り難う。」
「うわ~皮肉たっぷり~」
と私は今日もアプリの柊太君と肉じゃがを作る話をし、朝早く起きて作ったお弁当を食べながら笑い合った。