テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その時彼は箱の中から一枚のハンカチを取り出した。
淡い色の布に、
小さな四つ葉のクローバー。
糸の色も主張しすぎなくて、
でもちゃんと目に入る。
「……これ、あげる」
そう言って、
そっと差し出された。
「え……?」
一瞬、言葉が詰まる。
「ありがとう。可愛い」
そう言って受け取ると、
布の柔らかさが指に残った。
「……元貴くん」
涼ちゃんは、
少しだけ視線を落としてから聞いた。
「お父さん……優しい?」
その一言で、
胸の奥がきゅっと縮む。
(優しい、か)
頭に浮かぶのは、
怒鳴る声でも、
殴る手でもない。
ただ、
家にいない背中。
返事を探しているうちに、
時間だけが過ぎていく。
その沈黙に気づいたのか、
涼ちゃんは慌てたように言った。
「……ごめん。なんでもない」
そして、
少し無理に笑って、
「変な質問して、ごめんね」
元貴は、
その笑顔がさっきより
少し薄いことに気づいた。
「……いや」
ハンカチを握りしめる。
「優しい、っていうか……」
言葉を選びながら、
ゆっくり続ける。
「一緒にいる時間は、少なかったかな」
それだけ言うと、
涼ちゃんは何も聞かなかった。
ただ、
小さく頷いた。
「……そっか」
その一言が、
なぜか“分かるよ”に聞こえて。
元貴は、
涼ちゃんの家の静けさの理由を、
少しだけ理解した気がした。
(この人は、
聞かれなかったことより、
聞いてしまった自分を責める人だ)
元貴は、
話題を変えるみたいに言った。
「このクローバーさ」
ハンカチを軽く振る。
「意味、あるでしょ」
涼ちゃんは、
少し驚いた顔をしてから、
「……うん」
と、頷いた。
「“見つけた人は幸せになれる”ってやつ」
その声は、
祈るみたいに静かだった。