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#インフルエンサー
「……カット! 今の表情、すごく追い詰められてて良かったですよ、美玲さん」
監督の乾いた声が響く。
私は椅子の背もたれに預けていた体を、弾かれたように起こした。
全身が冷や汗でじっとりとしている。
「ちょっと、休憩にするわ……」
逃げるようにスタジオの隅にあるメイク直し用の鏡の前に座る。
鏡に映る自分は、フォロワー400万人のカリスマなんかじゃない。
ただの、怯えた小娘だ。
「お疲れ様です、美玲さん。これ、差し入れです」
声をかけてきたのは、共演者の若手俳優、瀬戸くん。
爽やかな笑顔でスポーツドリンクを差し出してくる彼に、私は少しだけホッとした。
彼は私の相手役……のはずだ。
「あ、ありがとう。瀬戸くん。……この現場、なんだか変だと思わない?」
「変? セットのことですか? 確かにリアルすぎて、僕も少しビビっちゃいました」
彼は軽やかに笑いながら、私の隣に腰を下ろした。
そして、周囲にスタッフがいないことを確認すると、急に声を潜めて私の耳元に顔を寄せた。
「……でも、不思議ですよね」
「え?」
「美玲さんの演技。あんなに怯えた顔、普通はできないですよ。まるで───自分がやったことを思い出してるみたいだ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「な、何を言ってるの。私はプロよ。役作りよ、決まってるじゃない」
「そうですか。……あ、そういえばさっきのシーン、僕のセリフ少し変えてもいいですか?」
「変えるって……監督に相談しなさいよ」
「もう許可はもらってます。次は美玲さんが僕に謝るシーンでしたよね。そこで、僕がこう言います」
瀬戸くんの目が、一瞬だけガラス玉のように無機質な光を宿した。
「『屋上から飛び降りる時、一番怖かったのは、君に笑われたことだったよ』」
「────ッ!!!」
私は手に持っていたボトルを床に落とした。
中身が派手に飛び散る。
そのセリフ。
台本のどこにも書いていない。
でも、私は知っている。
あの冬の日
冷たい風が吹く屋上のフェンス越しに、泣きじゃくるあの女が私に最後に言った言葉。
「どうして……どうしてそれを……」
「え? 美玲さん、どうしたんですか? 『屋上で待ってるよ』って、セリフですよ?変ですか?」
瀬戸くんは、何事もなかったかのように屈託のない笑顔に戻っていた。
今のは、私の幻聴?
いや、確かに彼は言った
あの女と同じ言葉を。
「美玲さん! 次のシーン、テスト行きます!」
スタッフの声が遠くで鳴り響く。
私は震える手で自分の腕を強く掴んだ。
爪が皮膚に食い込み、鋭い痛みが走る。
周囲を見渡すと、照明スタッフも、カメラマンも、みんな無表情で私を見つめている気がした。
まるで見世物小屋の檻の中に入れられた、珍しい動物を見るような目で。
私は気づき始めていた。
この映画は、私の栄光を記録するものじゃない。
私を殺すための、「処刑台」なのだと。