第2話:止まった時計
朝、ユイはいつもより少しだけ早く家を出た。
薄いグレーのコートを制服の上に羽織り、肩までの黒髪は軽く寝癖が残ったまま。目元の隈はコンシーラーでも隠しきれていない。
「……また夢見たかも」
昨日の桜のことが、夢だったのか現実だったのか、いまだによく分からない。でもひとつ確かなのは、あの“まるいもの”がまだ財布の中にあるということ。
通学電車の中、ユイはこっそり財布を開いた。
“それ”は、昨日と同じ場所にあった。
けれど、模様が変わっていた。
中央にひとつ、金色の歯車。周囲には、小さな点々が規則正しく並んでいる。
「今度は……機械っぽい?」
そのとき、電車がぐらりと揺れ、車内アナウンスが流れた。
『○○駅で信号の確認を行うため、しばらく停車します』
少し遅れて学校に着くと、教室の空気は妙に静かだった。
「え、時計止まってる……?」
教室の正面、壁に掛けられた丸時計。
針は“8時37分”で止まったままだった。
「壊れたんじゃない?てかちょうどいいじゃん、テスト前で時間気にしなくて済むし」
クラスメイトの笑い声の中、ユイだけが黙っていた。
(8時37分って……わたしが“まるいもの”を見た時間だ)
ふと、自分の席に目をやる。
机の上に、古いネジのようなものがひとつ落ちていた。
「……これ、さっきなかった」
ネジを手に取った瞬間、どこかで“カチリ”と乾いた音がした。
すると、静かだった時計が――動き出した。
「動いた?」「え、誰かいじった?」
ざわつく教室。ユイはそっとポケットにネジをしまい、財布の中の“まるいもの”を見た。
そこに、模様はもうなかった。
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