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第3話:ふれる影
放課後の空気は、夕焼けに薄く染まっていた。
ユイはカーディガンの袖を伸ばしながら、静かな廊下を歩く。制服のスカートの裾がふわりと揺れ、肩にかかる黒髪が背中にすべる。
その日、彼女は何度も振り返っていた。
誰かが後ろに立っているような――そんな感覚。
「……気のせい、だよね」
昇降口の下駄箱で靴を履き替えるとき、何かがポケットの中で軽く揺れた。
ユイはハッとして、財布を取り出す。
“まるいもの”は、今日もそこにいた。
見た瞬間、彼女の息が止まる。
模様は、人の手のひら――しかも、小さな子どものもののようだった。
「手……?」
そのとき、ふっと、左肩に“ぬるい空気”が触れた。
まるで、誰かがそっと手を置いたように。
慌てて振り向く。けれど、廊下には誰もいない。
ただ、遠くのガラス窓に映る自分の影の隣に、もう一つの影が重なっていた。
それは――小さな子どもが立っているような形だった。
「……だれ?」
けれど声は返ってこない。影はユイが動けばすぐに消えた。
心臓がドクドクと鳴るまま、彼女は早足で校門を出た。
帰り道、駅の近くの自販機の前で、誰かが落とした白いハンカチを見つける。
かわいいクマの刺繍がついた、それはまるで子どもが持っていたもののようだった。
「……ここにいたの?」
ユイはそれを拾い上げて空を見た。
夕暮れの光の中、影はもう一つにはならなかった。
家に帰って財布を開くと、“まるいもの”はやっぱりそこにある。
けれど、模様は――もう消えていた。
その夜、ユイは夢の中で、小さな手が自分の手をそっと握るのを感じた。