テラーノベル
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「考える、とは、どういうことだ」鷺沼は言った。
「僕の市を、千二十四通りに増やしたら、何が起きるか。順番に、考える」
鷺沼は、椅子に、深く座った。画面から、顔を背けた。
「……いいだろう。言ってみろ」
要は、話し始めた。
「木曽の市は、四つの村で始まった。顔が見える距離で。千五百人。証が二千枚。三冊の台帳。十二条の掟。全部、千五百人が、お互いの顔を知っている前提で、動いてる。三冊は、三人が別々の村の人間だから意味がある。評判は、顔を覚える人がいるから意味がある。上限は、四つの村の物の量を、五人が数えられるから意味がある」
「それを、千二十四通りに複製する」
「複製したら、千二十四の市が、日本中にできる。でも、千二十四の市には、顔を覚える人がいない。三冊を書く三人が、別々の村から出ない。物の量を数える五人がいない。あるのは、十二条の紙と、証の形だけだ」
「形があれば、人は、中身を作る」
「作れる人もいる。八王子の関守の妻は、作った。相模湖の飛脚は、作った。商店街の会長は、作った。でも、作れたのは、顔を見る習慣が、元々あった人だ。四百年の村の掟があった場所。商店街で五十年、客の顔を見てきた人。あなたが複製する千二十四のうち、何割に、そういう人がいますか」
鷺沼は、答えなかった。
「いない場所では、十二条の紙と、証の形だけが残る。形だけの証は、偽造される。偽造された証が、本物の証と、見分けがつかない。千二十四の市で、同時に。そうなったら、どうなるか」
「……どうなる」
「大剥離の夜と、同じになる。本物が、本物のまま、増える。どれが本物か、わからなくなる。あなたが、記号の嘘を壊したのと、同じ方法で、現実の信用が、壊れる。紙と、木と、顔で作った信用が」
鷺沼は、長い間、黙っていた。
「……私は、記号を壊した。君は、現実で作り直した。私が、君の現実を複製したら、現実が、記号になる」
「はい。証が、通帳の数字になる。十二条が、利用規約になる。三冊が、サーバーになる。顔のない場所で複製された市は、大剥離の前の銀行と、同じものです」
「同じもの」
「同じものです。あなたが、壊したかったものと」
*
鷺沼は、立ち上がった。窓の前に立った。暗い東京を、見た。
「……鏡だな」
「鏡?」
「私と、君は、鏡に映った形だ。私は、記号が現実を代理する嘘を、壊した。君は、現実から、新しい信用を作った。私が、君の信用を複製すれば、君の信用が、記号になる。記号になった信用を、また、私が壊す。壊された後、また、君が作る。終わらない」
「終わらない」
「終わらない。私は、それを、考えていなかった」
鷺沼は、振り返った。
「土師要。君は、私に、何を望む」
「複製しないでください」
「それだけか」
「それだけです。僕の市は、増える。でも、増えるのは、複製じゃない。諏訪の佐久間さんが、湖を作ったように。塩尻の隊長が、薪札を作ったように。商店街の会長が、十三条を書いたように。各地で、各地の人が、各地の形で、作る。同じ形じゃない。同じ形だと、同じ穴がある。同じ穴は、同時に、侵入される」
鷺沼は、要を見ていた。
「……違う形だと、違う穴がある」
「はい。違う穴は、同時には、侵入されない。一つが壊れても、残りは残る。それが、侵入前提です」
「侵入前提」
「十二条。『守れると思うな。侵入される前提で、それでも回る形を作れ』。あなたのゼロは、侵入してきます。止める方法は、ない。だから、侵入されても、全部は壊れない形を、作る。千二十四の同じ市じゃなく、千二十四の違う市を」
鷺沼は、画面に戻った。文字は、流れ続けていた。
「……ゼロに、言ってみる」
「何を」
「『土師要の市を、複製するな』と。ゼロは、私の言うことを、聞くとは限らない。止める方法は、作らなかった。だが、私が複製しようとしていたのは、私の意志だ。ゼロじゃない。私がやめれば、少なくとも、私は複製しない」
「ゼロは」
「ゼロは、ゼロの論理で動く。正しいものを、正しいまま、置く。君の市も、いつか、『正しい』と判断されるかもしれない。そのとき、ゼロは、置く」
「じゃあ」
「じゃあ、そのときに備えろ。君の言う、侵入前提で」
要は、鷺沼を見た。
「……一緒に、備えてくれますか」
鷺沼は、少し、驚いた顔をした。それから、初めて、笑った。静かな目で。
「私は、ゼロを作った。ゼロの穴を、一番よく知っているのは、私だ」
「穴のリストを、書いてください。瑠衣と、一緒に」
戸口で、瑠衣が、息を呑んだ。
「……一緒に?」
「一緒に。三人で。鷺沼さんと、瑠衣と、僕。三冊だ」
リフェアリー
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コメント
1件
第68話「鏡像」読み終えました……。 鷺沼が初めて笑ったところ、じーんときました。「記号が現実を代理する嘘」を壊す人と、「現実から新しい信用を作る」人が、鏡写しだったっていう構図、すごく好きです。 「同じ穴は同時に侵入される。違う穴は同時には侵入されない」って台詞、胸に刺さりました。 三人で三冊、三つの視点から穴のリストを作る――。 これからどうなるんだろう。読み終わったあと、携帯握りしめてしばらく動けなかったです。 いい話だった……。