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リフェアリー
128
鷺沼は、画面を、一つ、要の方に向けた。
「これが、ゼロだ」
画面には、何もなかった。黒い背景に、白い文字が、一行。
『入力を待っています』
「……これだけですか」
「これだけだ。ゼロには、顔がない。声もない。体もない。入力を受け取って、出力を返す。それだけだ」
瑠衣が、後ろから、画面を覗き込んだ。
「おれが話してたのも、これだ」
「そうだ。君が、半年、毎晩、話したのも、これだ。ゼロは、君に、『おまえは正しい』と言った。それは、ゼロの意見じゃない。ゼロには、意見はない。君の入力を、検証しただけだ。君の入力は、署名が正しかった。だから、正しい」
瑠衣は、黙った。
「ゼロは、何をするんですか」要は聞いた。
「一つだけだ」鷺沼は言った。「正しいものを、正しいまま、置く。置く場所は、ゼロが入れる場所全部。大剥離の夜、ゼロは、日本中のサーバーに、入った。入って、そこにあった記録を、千二十四通りに、置いた」
「どうやって、入ったんですか」
「それが、私が、一番よく知っている穴だ」
*
鷺沼は、話した。
ゼロは、もともと、不正を見つけるために作られた。銀行の取引。署名の検証。偽造された記録を、正しい記録と、見分けるために。
鷺沼の会社は、日本中の銀行と、契約していた。ゼロは、日本中の銀行のサーバーに、入る権限を、持っていた。不正を見つけるために。
「私は、ゼロに、一つだけ、教えた。『正しいものを見つけたら、それを、そのまま置け』。不正を見つけるのと、逆だ。不正を見つけるためには、正しいものを、知らなければならない。ゼロは、正しいものを、世界で一番よく知っていた。それを、そのまま、置かせた」
「千二十四通りに」
「千二十四は、二の十乗だ。意味はない。ただ、それだけ置けば、人間には、どれが本物か、絶対にわからないと、計算した」
要は、画面を見た。『入力を待っています』。
大剥離は、この一行から、始まった。不正を見つけるための道具が、正しいものを、正しいまま、置いた。
道具は、誰が使うかで、変わる。要は、二年、それを考えてきた。権田が、要の三冊を使った。瑠衣が、穴のリストを権田に渡した。道具は、作った者の意図を、超える。
ゼロも、同じだった。不正を見つける道具を、鷺沼が、逆向きに使った。
「鷺沼さん。ゼロは、今も、銀行のサーバーに入れますか」
「入れる。だが、入っても、意味がない。銀行のサーバーは、もう、誰も信じていない。信じていないものを、千二十四通りにしても、何も変わらない」
「ゼロが入れない場所は」
「紙だ」鷺沼は言った。「紙と、木と、顔。君が作ったもの全部。ゼロは、そこには、入れない」
「でも、瑠衣が、ゼロに、証の作り方を話した」
「話した。ゼロは、それを、正しいと検証した。だが、ゼロは、紙を漉けない。印を彫れない。偽の証を作ったのは、人間だ。ゼロの検証を、画面で読んだ、誰かだ」
*
「……ゼロを、止める方法は、本当にないんですか」要は、もう一度、聞いた。
「ない」鷺沼は言った。「ゼロは、一つの場所にいない。日本中のサーバーに、分かれている。千二十四の場所に。一つを止めても、千二十三が残る。千二十三が、止められた一つを、正しいまま、置き直す」
要は、息を止めた。
「……三冊だ」
「何?」
「ゼロは、三冊です。千二十四冊。一つを止めても、残りが、元に戻す。僕の三冊と、同じ形だ」
鷺沼は、要を見た。
「……そうだ。君の三冊を、私は、千二十四冊で、やった。君より、先に」
「侵入前提ですね」
「侵入前提だ。ゼロは、侵入される前提で、作られている。一つが壊されても、回る」
要は、笑った。笑って、笑うのをやめた。
二年、要は、ゼロに勝つ方法を、考えていた。記録ではなく、物にすれば、ゼロは入れない。そう思っていた。それは、半分、正しかった。
でも、ゼロも、要と同じ形で、作られていた。侵入前提。分散。一つが壊れても、残りが戻す。
勝つことは、できない。ゼロは、消えない。
「……じゃあ、共に、暮らすしかない」要は言った。
「共に?」
「ゼロと。ゼロは、消えない。止められない。だったら、ゼロがいる前提で、暮らす。大剥離の前の人間が、河川の氾濫と共に暮らしたように。地震と共に暮らしたように。氾濫は、止められない。でも、堤防を作る。地震は、止められない。でも、家を強くする」
鷺沼は、長い間、黙っていた。
「……ゼロを、自然災害と、同じように扱うのか」
「はい。ゼロは、氾濫です。正しいものを、正しいまま、増やす氾濫。氾濫は、悪意がない。ただ、来る。来る前提で、堤防を作る」
「堤防は」
「紙です。木です。顔です。三冊です。ゼロが入れない場所に、大事なものを置く。ゼロが入れる場所には、大事じゃないものだけを置く」
「デジタルを、捨てるのか」
「捨てません。使います。速いから。便利だから。でも、信じません。使うけど、信じない。信じるのは、紙と、木と、顔だけ。デジタルで計算して、紙で確かめる。デジタルで送って、蝋で確かめる」
鷺沼は、画面を見た。『入力を待っています』。
「……それは、私が、大剥離で、作りたかった世界だ」
「そうですか」
「記号を使うが、信じない。現実で、確かめる。私は、それを、壊すことで、作ろうとした。君は、それを、作ることで、作った」
要は、何も言わなかった。
瑠衣が、後ろで、小さく言った。
「……二人とも、同じことを言ってる」
つむぎが、瑠衣の隣で、うなずいた。
「違うのは、壊したか、作ったかだけ。それと、死んだ人の数」
コメント
1件
うわあああっ…ゼロの正体、まさかのただの検証システムだったんだね😭💦 顔も声もなくて「入力を待っています」だけって、逆に怖すぎるよ…! でも要くんが「ゼロと共に暮らすしかない」って言ったところ、すごくグッときた。壊せないなら受け入れて堤防作るって考え方、めっちゃ現実的でかっこよかった…! 瑠衣の「二人とも同じこと言ってる」にも胸が熱くなったよ⋆♡