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戦場は静寂を切り裂くような緊張感に包まれていた。タクトは眼前に立つ総理(リリス)を睨みつけていたが、総理の表情はまるで別人のようだった。リリスがその肉体を使っているからこそ、彼女の内面には常に変動があった。しかし、今の彼女は明らかに、リリスではなく、総理そのものだった。
タクトは素早く手をかざし、攻撃の準備を整えた。彼の魔力が渦巻く中、無数の雷光が彼の周りに集まり、彼の身体から放たれるまで秒刻みに迫る。しかしその瞬間、肉体に一時的に戻った総理が、恐怖に満ちた表情を見せ、体を震わせながら一歩後退した。
「た、たすけて…お願い…」総理の目が涙で潤んでいく。
タクトはその声を聞いた瞬間、動きが止まった。目の前で命乞いをするのは、彼が一度も見たことのない、完全に本物の総理だった。リリスが肉体の主導権を返すことで、総理の精神が再び乗り移っていたのだ。
「こ、こんなことになって…お願い、もうやめて…」総理は必死に手を伸ばし、タクトの足元にひれ伏した。
その姿にタクトは、ほんの一瞬だけ心が揺れる。彼は計算していたはずだった。リリスが使役する総理の肉体だとしても、リリスの存在は消えていない。しかし、総理の声、その必死に命乞いをする姿には、信じられないほどの純粋な恐怖が込められていた。
タクトは冷静さを保とうと必死に考えた。彼が総理を攻撃すれば、リリスの呪縛を解除できるかもしれない。しかし、目の前で泣きじゃくる総理を見た瞬間、その行動が止まってしまった。
「お願い…お願いです…」涙が止まらない。その声には、総理としての無力感と、リリスの支配に対する絶望が込められていた。
タクトは心の中で葛藤していた。リリスの真意を知り、彼女がこの肉体を使い続けている理由を理解している。しかし、それでも人間である総理が命乞いをする姿に、彼はまるで無力な者のように思えてきた。
そして、タクトはその答えを出すことができなかった。
「総理…」タクトの声は低く、重く響く。「お前は…本当に無力なのか?」
総理は泣きながら必死に首を振る。「ううん…違う、私だって戦っていた…でも、もう…どうしようもなくて…」
その言葉がタクトの胸を打った。彼は自分の手を拳にして、目を閉じる。リリスの呪いが、ただの力の支配だけでなく、この総理をも縛り続けていることを痛感する。
タクトは、総理の肉体に戻ったリリスの存在を完全に感じ取った。リリスはその隙をついてタクトの意識にアクセスし、心の隙間を突こうとしていた。
「やっと、私が勝つ時が来たわね。」リリスの声がタクトの耳に届く。
タクトは一瞬、足を止める。そして目の前にいる総理が、リリスの呪縛に縛られた存在だということを再認識する。
リリスは冷静にその瞬間を見計らっていた。総理の涙と命乞いは演技ではないが、彼女が完全に力を取り戻した時には、タクトの躊躇も無駄に終わるだろう。
タクトは再び足を踏み出すが、その時、目の前の総理が彼にしがみついてきた。恐怖と懇願の眼差しでタクトを見上げる総理。その姿にタクトは一瞬、攻撃することができなかった。
「やらなければならないのは、あなただけではない。」タクトは冷たい表情を浮かべながらも、心の中で再び確信を持つ。「でも、今はまだ、お前を救いたい。」
その瞬間、リリスがタクトの意識に強く干渉し始める。総理の肉体が再びリリスのものに変わると、タクトの意識は一気に押し戻され、戦いは再開する。
「タクト…お前も、私の支配下で生きることになる…」リリスの声が無情に響く中、彼の中にある最後の良心が揺れ動く。