「セバス! また九条になにかしたでしょ!?」
次の日の朝食後、ネストの護衛をするためにと後をついて回っていたら不思議がられて理由を聞かれ、セバスに護衛を任されたことを伝えるとコレである……。
屋敷中に怒号が響き渡り、両手を腰に当て怒りと呆れの混ざったような表情でネストはセバスを睨み見下ろす。
「私はただお嬢様が心配で……」
涙目で正座させられているセバスは、まさか怒られるとは……といった困惑の色を隠さない。
やはりというか、昨日の土下座はセバスの独り善がりだった模様。
こちらとしては、諦めモードで護衛を引き受けるはずだったのだが、どうやらネストは知らされていなかったようである。
「まあ、セバスさんもネストさんのことが心配だったんだと思いますよ?」
「九条様……」
まるで自信を無くしたかのように俯き、説教を食らっているセバスがあまりにも不憫に思えて、ほんの少しだけ擁護してあげると、ネストは俺をキッっと睨みつけその標的を変えた。
「九条も九条よ! なんで受けたの!?」
「いやぁ、だって使用人総出で土下座なんてされたら、いくらなんでも断り切れなくて……」
あの状況で断れるほど肝が据わっている人がいるなら、見てみたいものだ。
だが、ネストに話が通っていないならこの話はなかったことになるだろう。
これで安心して、ギルドからの連絡を待つことが出来るというものである。
「はあ、仕方ないわね……。こうなったらよろしくお願いね? 九条」
「……は?」
返って来た答えは、思っていたのとは違う反応。
この話はなかった事に……という言葉を待っていたのだが……。
「え? やるんでしょ? 護衛」
まさか断らないわよね? とでも言いたげなネストは、なぜか得意気な表情を浮かべていた。
セバスの事をあれだけ説教したのに、結局やらせんのかい! と、ツッコミたい気持ちをぐっと抑える。
断るチャンスではあったのだが、それではセバスが怒られ損となってしまい、それはそれで気が引ける……。
結局その空気に抗うことが出来ず、俺は情けなくも不満気に頷いたのである。
「じゃあ、行きましょうか」
ネストは満面の笑みを浮かべ玄関を出ると、待機していた馬車の踏み台に足をかけた。
「なにぼーっとしてるの? 行くわよ?」
俺たちは首を傾げながらも、急かされるように慌てて馬車へと乗り込んだのである。
――――――――――
雲一つない晴れ渡った青空の下、街の大通りを馬車は走る。
さすが王宮御用達の馬車。乗り心地は民間の物とは比べものにならないほど快適だ。
今日は第四王女の魔術修練の日。ネストがリリーに魔法を教える日とのことで、俺たちは、急遽それに同行することになった。
王宮までの数十分。王族に関する話、貴族に関する話などを聞き、最後に失礼のないようにと釘を刺され、見えてきたのは仰々しくも鉄格子で作られた城門。
貴族でもなく冒険者としても実績のない俺なんかが王宮に出入りできるのかという疑問も、ネストの護衛という役どころにより、すんなりと入城を許可されたのであった。
お城の中は良くも悪くもイメージ通りの景色が広がっていた。天井は高く、馬車がそのまま入れてしまうような大きな通路。
どこの景色かわからない風景画に、扉に施されている細かな装飾。規則正しく置かれている燭台にさえ値が張りそうな意匠が施されているさまは、まさにロイヤルといった雰囲気が漂っている。
キョロキョロと田舎者丸出しで歩いている俺たちに向けられる視線は、少々痛々しいものではあるが、場違いなのは百も承知。
とはいえ、その半分はカガリに向けられるものなので、若干助かっていたりもする。
案内された場所は、既に帰り道が不安なほどに遠い場所。
目の前にある一際豪華な扉から放たれるオーラは、今までとは違った特別な部屋であることを示している。
ネストがそれを強めにノックすると、中から聞こえてきたのは麗しき少女の声。
「どうぞ」
声の主は第四王女のリリー。それほど大きくない部屋に使用人が数人と、馬車の護衛をしていた騎士団長の男がいた。
「あっ! カガリ!」
テーブルでお茶を飲んでいたリリーはカガリを見ると、一目散に駆けてくる。
その服装は至ってシンプル。恐らく魔術修練の為だろう。動きやすいカジュアルな恰好で、髪を後ろで一つに束ねているのは活発な女の子といった様相。
両腕を広げカガリの元へと駆け寄る姿は愛らしく、皆の頬も緩むというもの。
リリーがカガリを恐れないのは、大物なのか怖いもの知らずなのか……。
少々不満気なカガリは、リリーにされるがままである。
相手は王族。失礼があれば俺の首が飛んでしまいかねないため、カガリには申し訳ないが、そのまま耐えていただきたい。
「九条。挨拶を」
言われてハッとし、ミアと一緒に頭を下げる。
「失礼しました。アンカース家の護衛を務めております、冒険者の九条と申します。こちらは同行しておりますカガリ、そして私どもの担当であるミアでございます。王女殿下におかれましては、以後お見知りおきいただけますよう、お願い申し上げます」
馬車の中で練習した成果だ。噛まずに言えたことが、少しだけ嬉しかった。
絶対に失敗するなとネストに釘を刺されていたので、余計である。
「そんなに畏まらなくてもいいですよ? ネストから話は聞いています。本日はようこそお越しくださいました」
カガリをモフモフしながらであったが、リリーは俺たちのことを温かく迎え入れてくれた。
さすがは王族と言うべきか、高貴な印象は近寄りがたさを感じてしまうも、まだ子供であるが故に親しみやすさも同時に兼ね備えており、権力者から発せられる威圧的な態度もなく、分け隔てなく向けられる笑顔に多少なりとも惹かれるものがあった。
「こちらも紹介しますね」
それに応えるかのように前へと出たのが騎士団長の男。
「リリー様の近衛隊長を任されているヒルバークと申します」
地面に片膝を突き、右手を胸へ添えると深く頭を下げるヒルバーク。
騎士式の挨拶なのか、貴族式の挨拶なのかはわからないが、失礼だけはないようにとこちらも慌てて頭を下げる。
「さて、それでは修練前にお茶などいかがでしょうか?」
「では、一杯だけいただきましょうか」
ネストが椅子に腰かけリリーが目配せをすると、メイドたちは一礼して部屋を出て行く。
「九条も座ったら?」
そこで気付いたのである。空いている席は二つ。お茶を入れているリリーが座る席を除けば、空きは一つだ。
――そこに座ってもいいものなのか?
席順のマナー。それは元の世界であっても広く浸透しているもの。
坊主が法事などに呼ばれた時、そのご家族と一緒に会食をすることがある。
それを『|お斎《おとき》』というのだが、坊主を上座に据えなければならないというルールが存在する。
上座の位置は位牌や遺影に最も近い所。なければ床の間がその代わりとなるのだが、この部屋にはそのどちらもが存在しないのである。
ならば、リリーの席が上座と考え、俺が下座に座ればいいのだろうが、そこにはネストが座っているのだ。
俺は……俺は試されているのか……?
王女の護衛たるヒルバークが立っていることを考えると、ネストの護衛という立場である俺もそれに倣うのが礼儀なのではないだろうか?
散々悩み抜いた挙句、出した答えは代わりにミアを座らせるというもの。
ミアの両脇を持ち上げ、そのまま椅子の上にストンと降ろす。後はカガリをミアの横に配置する。
この配置ならミアからもリリーからもカガリを撫でられ、完璧な布陣。
そして俺は、ヒルバークの横に並び立った。
その光景にリリーはクスリと頬を綻ばせ、ヒルバークも満足そうな笑顔を見せる。
俺の選択は間違ってはいなかったようだと、安堵の溜息と共に胸を撫で下ろしたのだが、そんなつもりで言ったわけではないと、ネストは気まずそうに口を噤んでいた。
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