何とか「ダーツ?」と、聞き返した真衣香に坪井は矢を投げるような仕草をしてみせた。
「やってみる?レンタルできるし」
「何を借りるの?」
「ダーツの矢。俺も今日持ってきてないし借りて一緒にやってみる?」
真衣香の手を引き、楽しそうに坪井が咲山の後を追うように歩き出した。
店の奥には、ダーツ台が3台並んでいて、その周りをカラフルなソファーやテーブルが囲んでいた。
酒を片手に矢を投げる人や、ソファーに座りながら……談笑する、男女……
「……わ!」
周辺の人々を見た真衣香は思わず声を上げた。
なぜならばソファーに座りながらキスをしたり、触れ合う男女が何組か目に入ったからだ。
「おっとー、マジか。出来あがってるな〜。立花、見なくていいよ。こっちこっち」
すると坪井は、驚いた様子もなく、絡み合う人々を横目に繋いでいた真衣香の手を引いた。
どうやら、坪井にとっては驚く光景ではない、らしい。
真衣香には信じられないのだが。
(す、凄い……大人なお店だ……って、私も大人なんだってば!しっかりしないと)
グッと密かに背筋に力を込めたのだった。
真衣香と坪井がソファーから離れ、ダーツ台の方へ移動してくると、 黒の丸いハイテーブルに肘をつきながらこちらを見て笑う咲山の姿があった。
「やばい、涼太、過保護じゃん」
「ははは、だろ?」
「カップルってより兄妹みたい。二人同い年なのにね」
どこか刺のある、そして小馬鹿にしたような言い方だった。
その咲山が立つ場所よりも少し後方にあるイスに「いやいや、失礼でしょ」と言い返しながら真衣香を座らせた坪井。
その様子を目で追いながら咲山は、
「真衣香ちゃんのドリンク取ってきてあげたら? あと、レンタルの矢も。ね、過保護なおにーちゃん」
笑い声を混じえながら言った。
「……絡みすぎでしょ、帰ろうか俺ら」
坪井は冷ややかな声を返す。
その声にムッとした顔を一瞬見せたあと「もー、こんな場でマジになんないでよ」と言いながら上体を起こし、坪井の横に並び背中をポンポンっと叩いた。
「やっぱ、まだ投げてないけど一緒にお酒取りに行く〜」
そう言ってグイグイ坪井を引っ張る咲山を、坪井は振り払うことなく。
「ごめん、すぐ戻るから」と真衣香に言い残し歩き出した。
二人を見送る形で眺める。
頭に響くBGMのせいか。
場に酔ったのか……頭が重い。
ハタから見ると、ポツンとひとり取り残されているように映ったのだろう。
「ねぇねぇ、彼女さん。涼太とめっちゃ雰囲気違うくない?」
頭上から声がして見上げた。
先ほど店の入り口にいた数人が真衣香に話しかけてくれていたようだ。
「私も思った〜!どんな経緯でこうなったの?」
あっという間に咲山と坪井の友人達に囲まれてしまい、真衣香は相変わらず声が出なくなる。
こういった場にも慣れていきたいと思っていたのに、いざとなれば、これまでと何ら変わらないのだから嫌になってしまう。
「てか夏美は涼太ときっぱり終わってるのかな!? あの二人よくわかんないんだよね」
「いやお前それ彼女の前で聞くか普通!」
ドッと笑い声が響く。
(た、確かに私に聞かれても……)
何なら自分が知りたい、と。
他にも思うことはあるだろうに、止まってしまった思考回路ではこんなことしか考えられないようだった。
すると。
そんな真衣香の様子を見てだろうか。
ふふっと、すぐ隣で小さな笑い声が聞こえた。
顔を上げなくてもわかる、咲山の声だ。
咲山が、戻ってきたのだろう。
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