「何の話〜?」
嬉しそうな咲山の声とは反対に、呆れたように大きく息を吐きながら。
「立花、ごめんな一人にして」
坪井の声がして、それと同時、テーブルにグラスが置かれた。
坪井は真衣香と視線を合わせ、ニカッといつも通りの陽気な笑顔を見せた。
そして真衣香に合わせ折っていた上体を起こし、苛立ちを隠さず早口に言う。
「ったく、お前ら、やめてくれない? 適当なこと言うの。咲山さんも、言わせっぱなしにするとかどーなの? 立花にこんな思いさせるために連れてきたの?」
刺々しい声色が、盛り上がっていた空気を降下させていく。
「んだよ、涼太ぁ、らしくねぇな! 王子様気取りかよ。引くわ」
「しかも咲山さんって! 夏美ってそういや咲山さんだったっけ?フルネーム忘れてた〜」
盛り下がり、張り詰めてく空気を茶化すように何人かが口を開くけれど、坪井の声は陽気さを取り戻すことなく、乾いた笑いと共に応えた。
「はは、王子様とか、まさか柄じゃないけど」
眉を片方だけ下げて口元をゆがませる、歪な笑顔。
ネクタイを乱暴に緩めながら抑揚のない口調が続く。
「でもさぁ、こいつがお前らのせいで俺と付き合ってるの嫌だとか言い出したらどう責任取ってくれんの?」
なぁ? と、隣のダーツ台にいた二人組の男性の元に近寄り、そのうちの一人が手にしていたダーツの矢を奪い取った。
そのまま彼の顔……瞳の前に突き刺すようにして矢を向けた。
「涼太、マジ待て待て。お前こんなことで切れんなって」
青ざめた男性が数歩下がる。
しかし坪井はジリジリ距離を詰め、首を傾げながら聞いた。
「別にキレてないんだけさ、こいつに夏美とのこと聞くのはおかしーでしょ。 夏美もこんなふうに楽しみたかっただけなら帰るけど俺ら」
真衣香の横にいる咲山を振り返った坪井の鋭い瞳に、無意識に息をのんだ真衣香。
それは咲山も同じだったようで、ほんの少しだけれど肩が揺れたのを真衣香の目は捉えていた。
「は? な、何マジになってんのよ、涼太……。いっこ前の彼女もさ、ここ一緒に来たじゃん。その時は怒ったりしなかったじゃん。きょ、今日だって最終的には真衣香ちゃんが自分から来たし」
「だったとしてもさ、こいつが固まってんのに、お前何で隣で一緒になって笑ってんの?」
相手の声を聞かない迫力。
(こ、この雰囲気の坪井くんって)
既視感ならもちろんあった。
ついこの間、二課での一件で小野原たちに見せていた姿だ。
(ま、また私が空気読めてないせいで雰囲気悪くしちゃうじゃんか……!)
「つ、坪井くん。ごめん、私大丈夫だから……も、持ってきてくれたお酒飲もうかな! 前みたいに甘いお酒飲みたかったの!」
感じ取った不穏や空気を取り除こうとして、慌てて声にすると、坪井の視線が咲山から真衣香へと移った。
「え? あ、酒飲みたかった? よかった。俺は、お前がいいんならどっちでもいいんだけどね」
そう言いながら安堵したように柔らかい笑顔を見せ、真衣香の方にゆっくり歩みながら少し斜めを見て、一瞬立ち止まった。
……かと思えば。
慣れた手つきでダーツの矢を投げた。
シュッと風を切る音がして円形の端の方に刺さったそれは、少し揺れて、やがて止まる。
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