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67
翌朝。
阿部は、ゆっくり目を開けた。
見慣れない天井。
一瞬だけ考えて。
すぐに思い出す。
仮住まい。
隣を見る。
目黒も寝ている。
「……夢」
阿部は小さく呟いた。
ものすごく変な夢だった。
魔王がマンションを経営すると言い出して。
みんなで間取りを書いて。
天使に光熱費を注意されて。
最後には土地まで探し始めていた。
「……さすがに夢だよね」
阿部が枕元のスマートフォンを取る。
その瞬間。
通知が大量に来ていることに気づいた。
グループチャット。
開く。
最初は佐久間だった。
『昨日の夢なんだったの!?』
続いて。
康二。
『俺の間取り返して!』
深澤。
『魔王、本当に建てる気?』
渡辺。
『絶対やめた方がいい』
ラウール。
『俺のクローゼットもう少し広くしたかった』
岩本。
『そこ?』
宮舘。
『翔太、床暖房はリビングだけにしようか』
渡辺。
『今相談するな』
阿部は。
しばらく画面を見つめた。
「……全員覚えてる」
その声で。
目黒が目を開ける。
「あべちゃん?」
「めめ」
「ん……」
「昨日の夢覚えてる?」
目黒はまだ眠そうなまま答えた。
「マンション?」
「覚えてるんだ」
「本棚いっぱい置くやつ」
「そこ?」
「あと充電スペース」
「それは消した」
「二回書いたのに」
「二回消した」
目黒が少し笑った。
阿部はスマートフォンを見せる。
「みんなも覚えてる」
「やっぱり全員同じ夢だったんだ」
「嫌な予感する」
「もうした後じゃない?」
「もっと嫌なやつ」
その時。
スマートフォンが震えた。
新しい通知。
知らない番号。
阿部の眉間に皺が寄る。
開く。
そこには。
一言。
『大家です。間取りありがとう。魔王より』
「……」
阿部は無言で画面を目黒へ向けた。
目黒が読む。
「大家です」
「そこ読まなくていい」
その直後。
グループチャットが一気に動いた。
佐久間。
『俺にも来た!!!』
康二。
『大家って言うとる!!』
深澤。
『やっぱ建てる気じゃん』
渡辺。
『知らない番号から連絡してくんな』
ラウール。
『人間のスマホ持ってたんだ』
岩本。
『そもそも番号どうやって知った?』
しばらくして。
魔王から全員へ。
『魔王だから』
阿部はスマートフォンを伏せた。
「もう考えるのやめよ」
目黒が笑う。
「いいの?」
「今考えても絶対分かんない」
夢の中で。
何度も学んだ。
分からないものを。
全部すぐに解決しようとしなくていい。
今回は。
相手が魔王だから余計に。
阿部は布団へ戻った。
「もうちょっと寝る」
「うん」
目黒が腕を広げる。
「充電する?」
「朝から?」
「朝だから」
阿部は少し笑って。
その腕の中へ入った。
それから。
数日後。
九人は事務所へ呼ばれた。
事件についてではない。
活動再開についてでもない。
会議室へ入ると。
マネージャーが。
妙な顔をして座っていた。
困っている。
かなり。
岩本が聞く。
「どうしたんですか?」
マネージャーは九人を見る。
「皆さんに確認したいことがあるんですけど」
「はい」
「引っ越し先について」
阿部と目黒が顔を見合わせる。
「俺たち?」
阿部が聞く。
「いえ」
マネージャーは首を振った。
「全員です」
今度は。
九人全員が黙った。
マネージャーは机の上へ資料を置く。
「新築マンションの入居提案が、事務所宛てに届きまして」
阿部が目を閉じる。
嫌な予感が。
当たりすぎている。
「……誰からですか」
「個人オーナーです」
マネージャーが資料を見る。
当然。
そこには人間の名前が書かれている。
魔王とは書いていない。
でも。
九人には分かった。
深澤が小さく。
「来たね」
と呟く。
渡辺が。
「来たな」
と返す。
マネージャーが不思議そうに二人を見る。
「心当たりあるんですか?」
全員が。
一度黙った。
岩本が代表して答える。
「……ちょっとだけ」
「ちょっと?」
「説明が難しくて」
マネージャーはさらに困った顔になった。
「こちらもかなり困ってるんです」
「何がですか?」
資料が広げられる。
立地。
防犯設備。
地下駐車場。
専用エレベーター。
顔認証。
防犯カメラ。
常駐管理人。
そして。
家賃。
ラウールが資料を覗く。
「本当に半額だ」
渡辺が。
「怪しい」
と言う。
「ですよね」
マネージャーが即答した。
「条件が良すぎるんです」
阿部が思わず笑いそうになる。
分かる。
相手を知らなければ。
自分たちも絶対そう思う。
「それで調べたんですが」
マネージャーが続ける。
「土地も正式に取得されています。管理会社もあります。必要な手続きも問題なし。防犯設備を担当する会社も確認しました」
「全部ちゃんとしてる?」
岩本が聞く。
「今のところは」
「……意外」
渡辺が呟く。
阿部も頷いた。
「天使かな」
目黒が小声で言う。
「多分ね」
絶対。
魔王一人ではない。
さらに資料をめくる。
そこには。
六世帯分の簡単な平面図まで載っていた。
阿部と目黒。
岩本と深澤。
宮舘と渡辺。
佐久間。
康二。
ラウール。
夢で描いた。
あの間取り。
少しだけ天使に直された形で。
ほぼそのまま。
佐久間が。
「俺のオタク部屋ある!」
と嬉しそうに言う。
康二は写真部屋を見つけて目を輝かせる。
ラウールも。
「クローゼットちゃんと広い」
と言う。
渡辺は。
自分たちの部屋の床暖房の範囲を確認していた。
宮舘が横から。
「リビングだけになってるね」
「天使に削られた」
阿部は。
自分たちの間取りを見る。
広いリビング。
本棚。
勉強部屋。
ドレッサー。
広めのキッチン。
寝室。
夢で。
二人で描いた通りだった。
マネージャーが九人を見る。
「まだ建物は完成していないそうです」
「いつ完成予定ですか?」
岩本が聞く。
マネージャーが。
少し言いにくそうに答えた。
「……かなり近いうち、と」
「近いうち?」
「具体的な工期が書いてないんです」
九人が黙る。
阿部が。
ぼそっと言った。
「魔法だから」
「え?」
「何でもないです」
もう。
それで押し通すしかなかった。
それから。
驚くほど短い期間で。
マンションは完成した。
マネージャーから、
『完成したので内覧できます』
と連絡が来た時。
九人全員が。
まず疑った。
でも。
現地へ行くと。
本当にあった。
「……ある」
阿部が車を降りて呟く。
目の前には。
新しいマンション。
外観は。
思っていたより普通だった。
黒と金でもない。
魔王城でもない。
落ち着いたデザイン。
渡辺が。
「普通じゃん」
と言う。
佐久間も。
「もっと魔王っぽいと思ってた!」
阿部はすぐに。
「普通でいいの」
と返した。
地下駐車場から。
専用の入口へ入る。
顔認証。
セキュリティゲート。
エレベーター。
説明された通り。
かなり厳重だった。
エレベーターは。
認証した住人の階しか選べない。
外から簡単に入り込める場所もない。
阿部は。
一つずつ確認する。
目黒は。
何も急かさない。
ただ隣にいる。
まず。
全員で阿部と目黒の部屋へ入ることになった。
扉が開く。
阿部は。
少しだけ立ち止まった。
「……すご」
夢で描いた。
そのままだった。
大きなリビング。
九人が集まっても。
余裕がある。
佐久間が走り込む。
「広い!」
「走らないで!」
阿部がすぐに止める。
康二も。
「ここ九人で写真撮れるな!」
ラウールが窓を見る。
「光もいい」
宮舘は。
真っ先にキッチンへ行く。
「広いね」
目黒も隣へ立つ。
「二人で料理できそう」
阿部が笑う。
「邪魔にならないね」
その奥。
壁一面に。
大きな本棚を置ける場所。
床は。
しっかり補強されているらしい。
阿部が嬉しそうに近づく。
「本当にある」
目黒が笑う。
「本棚」
「ここ全部使っていい?」
「もちろん」
「足りなくなったら?」
「増やそう」
「床大丈夫?」
「魔王がめちゃくちゃ強くしたらしいよ」
天使から事前に届いていた説明には。
ちゃんと現実的な強度計算もされていると書かれていた。
「天使が確認したなら大丈夫か」
「魔王じゃなくて?」
「天使」
即答。
みんなが笑った。
勉強部屋。
ドレッサー。
収納。
寝室。
一つずつ見る。
夢で鉛筆で描いただけの線が。
全部。
現実の部屋になっている。
最後に。
阿部はインターホンのモニターの前へ立った。
少しだけ。
緊張する。
目黒が隣に立つ。
「鳴らしてみる?」
阿部は頷いた。
「うん」
佐久間が外へ出る。
「俺押してくる!」
「普通に押してね!」
「分かってる!」
しばらくして。
音が鳴った。
軽快な電子音。
聞き覚えのある。
レベルアップの音。
阿部は。
静かに聞いた。
身体は固まらない。
胸も。
苦しくならない。
モニターを見る。
そこには。
満面の笑みの佐久間。
『あべちゃーん!』
声まで聞こえてくる。
阿部が笑った。
「これなら平気」
目黒が。
小さく頷く。
「よかった」
阿部は。
もう一度部屋を見る。
大きな本棚。
広いキッチン。
九人で座れるリビング。
目黒と一緒に眠る寝室。
前の家とは違う。
でも。
ここも。
これから。
二人の家になる。
「めめ」
「ん?」
阿部は。
ゆっくり笑った。
「ここなら、またいっぱい思い出作れそう」
目黒も笑う。
「作ろう」
「前の家よりいっぱい」
「うん」
佐久間が外から。
『そろそろ開けてー!』
と叫ぶ。
阿部が吹き出した。
「最初の思い出、佐久間うるさいになりそう」
深澤が笑う。
「それもいつも通りじゃん」
阿部は。
自分で解錠ボタンを押した。
「どうぞ」
扉が開く。
佐久間が入ってくる。
「ただいまー!」
「まだ佐久間の家じゃないから!」
また。
笑い声が広がった。
そのあと。
六つの部屋を順番に見て回った。
岩本と深澤の部屋には。
トレーニングスペースと。
大きなソファのあるリビング。
深澤がソファへ倒れ込んで、
「ここ最高」
と言い。
岩本が。
「まだ住んでないよ」
と笑う。
宮舘と渡辺の部屋は。
広いキッチンと。
ゆったりした浴室。
二つ並んだ洗面台。
渡辺が。
「ここいい」
と一番満足そうだった。
佐久間は。
オタク部屋へ入った瞬間。
「俺ここ住む!」
と叫ぶ。
「だからそのための部屋でしょ」
ラウールが冷静に返す。
康二は。
撮影スペースの壁を見ながら。
「ここ夢の写真飾ろ」
と嬉しそうに言う。
ラウールは。
大きなクローゼットを見て満足そうだった。
結局。
六世帯全部。
夢で描いた希望が。
ちゃんと形になっていた。
そして。
内覧を終えて。
九人で一階へ戻る。
エレベーターの扉が開く。
広いエントランス。
その奥に。
受付がある。
そこに。
一人の男性が立っていた。
背筋は。
異様なほど真っ直ぐ。
スーツも。
髪も。
完璧。
九人が出てくると。
深々と頭を下げた。
「お疲れさまでございます」
全員が。
止まった。
男性は。
穏やかな顔で続ける。
「今後、こちらの建物の管理と警備を担当いたします」
阿部は。
じっと見る。
何となく。
分かった。
ものすごく。
分かった。
「……もしかして」
男性が阿部を見る。
「はい」
阿部は。
恐る恐る聞く。
「魔王の手下?」
「はい」
即答だった。
全員が黙る。
佐久間が。
「本当にいた!」
と一番に声を上げた。
康二も。
「真面目そうやなあ!」
ラウールは。
「人間にしか見えない」
と興味深そうに見る。
渡辺だけは。
少し距離を取った。
「本当に大丈夫なの?」
男性は。
渡辺へ深く頭を下げる。
「ご安心ください」
声も。
ものすごく真面目。
「居住者様および、事前に許可された方以外は決して建物内へお通しいたしません」
阿部の表情が。
少しだけ変わる。
男性は続けた。
「宅配業者等につきましても、必要に応じてこちらで対応いたします。不審な来訪者があった場合は、居住者様へ接触させる前に対応いたします」
岩本が。
「警備会社とも連携してるんですよね?」
と聞く。
「はい」
「警察への通報も?」
「必要と判断した場合は即座に」
完璧だった。
深澤が小さな声で。
「魔王よりちゃんとしてない?」
と言う。
阿部が。
「絶対そう」
と返す。
男性は聞こえていても。
全く表情を変えなかった。
宮舘が。
「お名前は?」
と聞く。
男性は。
人間として用意された名前を名乗った。
普通だった。
本当に。
普通の管理人にしか見えない。
阿部は。
エントランスを見る。
外からここへ来るには。
何重ものセキュリティを通る。
その上。
ここには。
この人がいる。
もう。
自宅の扉の前に。
知らない人が突然立つことはない。
インターホンが鳴っても。
自分が扉を開けるまで。
誰も入ってこない。
当たり前のこと。
でも。
今の阿部には。
とても大きなことだった。
目黒が隣で。
小さく聞く。
「どう?」
阿部は。
少し考える。
そして。
管理人を見る。
もう一度。
建物を見る。
「……安心するかも」
目黒が笑った。
「そっか」
阿部も。
小さく笑う。
その時。
受付の電話が鳴った。
管理人が。
すぐに取る。
「はい」
少し話したあと。
受話器を置く。
そして。
阿部たちへ向き直った。
「オーナー様より伝言です」
阿部の嫌な予感が戻ってくる。
「何?」
管理人は。
真顔のまま言った。
「『住むなら早めに契約してね。旅行行きたいから』とのことです」
沈黙。
渡辺が。
「台無し」
と言った。
深澤が吹き出す。
康二も笑い始める。
佐久間はお腹を抱える。
阿部は。
額を押さえた。
「やっぱ魔王だ……」
目黒も隣で笑っている。
でも。
阿部も。
結局笑った。
怖いことがあったから。
新しい家を探した。
でも。
ここは。
怖さから逃げ込むだけの場所ではない。
自分たちで間取りを考えて。
自分たちで暮らし方を選んで。
これから。
新しい思い出を増やしていく場所。
阿部は。
もう一度マンションを見上げた。
「……住んでもいいかもね」
目黒がすぐに聞く。
「本当?」
「うん」
「じゃあ契約する?」
「みんなでちゃんと考えてから」
「そこは現実的なんだ」
「当たり前でしょ」
阿部は笑った。
その横では。
佐久間がすでに、
「俺ここ住む!」
と宣言し。
康二も、
「俺も!」
と手を挙げ。
ラウールまで。
「俺も住みたい」
と言っている。
渡辺が呆れた顔で宮舘を見る。
「もう決まりじゃん」
宮舘が笑う。
「そうみたいだね」
岩本と深澤も。
顔を見合わせて笑った。
九人が。
また。
同じ場所へ帰る。
今度は。
それぞれの家を持ちながら。
すぐ近くに。
みんながいる。
そんな未来が。
少しずつ。
現実になろうとしていた。
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コメント
1件
うわあ、夢で描いた間取りがそのまま現実のマンションになってる……! しかもセキュリティガチガチで、管理人が魔王の手下っていう徹底ぶり(笑)。「安心するかも」って阿部ちゃんが言えたのが本当にじんわり来ました。前の家のトラウマを引きずらず、ちゃんと“新しい思い出を作る場所”として受け入れていて、読んでて温かい気持ちになりました。魔王の「旅行行きたいから」で全部台無しにしたのも含めて、このバランス好きです。