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#王子
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庭園での誓いから数ヶ月。
私は今、かつての自分が想像すらできなかったほど
夢のように甘く、けれど確かな体温に満ちた日々を過ごしていた。
正式な婚約が結ばれてからというもの
宮殿内での私の立場は「名もなき癒やし手」から「帝国の未来の皇后」へと劇的に変わった。
しかし、それ以上に変化したのは、アイゼン様の私に対する接し方だった。
公務に就く際の彼は相変わらず冷徹な絶対君主そのものだったけれど
私の前でだけ見せる姿は、もはや「尊大な皇帝」などではなかった。
それは、私を甘やかすことにすべての心血を注ぎ
片時も目を離そうとしない、一人の過保護な男性の姿だった。
「ノエル、今日は風が冷たい。……俺の外套を羽織っておけ」
「もう、心配性なんですから…そうやってすぐ私に着せちゃうと、アイゼン様がまた風邪をひいてしまいますよ?」
「そのときはまた、あの夜のようにお前が付きっきりで看病してくれるんだろう? ならば、悪くない」
「それはまあ……そうですけど! そういう問題じゃありませんっ」
軽口を叩きながらも
私の肩にかけられた外套からは、彼の落ち着く香りと、強烈なまでの執着が伝わってくる。
今の彼は、私が少し視界から消えるだけで
冗談抜きに騎士団を動員しかねないほどの熱を孕んだ独占欲を見せるようになっていた。
実家で誰にも顧みられず、空気のように扱われていた私にとって
その少し重すぎる愛の鎖は、何よりも心地よく、私を繋ぎ止めてくれる救いだった。
けれど、そんな幸福の絶頂を切り裂くように、一通の忌々しい手紙が届いたのだ。
◆◇◆◇
その日の午後
私はいつものようにアイゼン様の執務室で、彼の仕事が終わるのを静かに待っていた。
カチカチと時計の音だけが響く穏やかな時間。
それを破って入ってきたのは、苦虫を噛み潰したような顔をした宰相だった。
その手には、二度と見たくなかった
あの実家・バロン家の紋章が刻まれた安っぽい封筒が握られていた。
「陛下……ノエル様の家から、正気を疑うような親書が届きました」
その言葉に、ペンを走らせていたアイゼン様の指先がぴくりと止まった。
彼は無造作にその手紙を奪い取り、鋭い視線で目を通す。
横から覗き込んだ私の視界に、殴り書きのような不躾で傲慢な文字が飛び込んできた。
『出来損ないの娘へ。お前が勝手に家を出てからというもの、屋敷の掃除も洗濯も滞り、食事の質も落ちる一方だ。
何より、お前の力がなければ、私の持病がぶり返して夜も眠れん。
皇帝陛下に拾われた幸運に感謝し、十分に恩を売ったのなら、速やかに実家に戻れ。
親への義務を果たせ。
娘を失ったことによる損失の補填として、相応の慰謝料も用意しておくように』