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#王子
「…………っ」
血の気が引き、指先が凍りつくのがわかった。
私を出来損ないと罵って家族扱いもしてくれなかった人たちは
今さら私を「便利な家政婦」として
あるいは「便利な財布」として呼び戻そうとしている。
そのあまりに救いようのない厚顔無恥さに、胃の底からせり上がるような吐き気がした。
「……おい」
地を這うような低い声。
アイゼン様の周囲の空気が、瞬時にして凍りついた。
彼の手の中で、厚手の便箋がみしりと嫌な音を立てて歪み、握りつぶされていく。
「バロン家とやらは、我が国の未来の皇后を……俺の唯一の宝を、まだ『掃除婦』か何かだと思っているようだな……それも、自分の都合一つで呼び戻せる所有物だと」
「そのようで。おまけに、陛下の慈悲に縋って妃の座を盗んだ泥棒猫のような扱いをしている文言もありまして……まったく、不敬の極みですな」
宰相の報告が終わる前に、執務室の空気が爆発的な重圧に包まれた。
アイゼン様から溢れ出した圧倒的な魔力が、室内の重厚な家具をガタガタと震わせる。
彼の黄金色の瞳は、数分前までの甘い輝きを完全に失い
敵を根絶やしにする冷酷な「氷の皇帝」のそれへと変貌していた。
「……カイルを呼べ。近衛を動かすまでもない。俺が直々に、あの害虫の巣を掃除してやる」
「ア、アイゼン様! 待ってください……!」
私は反射的に彼の逞しい腕に縋り付いた。
「私のために、貴方が手を汚す必要なんて…っ」
私の必死の訴えに、アイゼン様は一瞬だけ足を止めた。
彼は振り返り、私を壊れ物を扱うような慎重さで抱き寄せた。
そして、耳元で、聞いたこともないほど低く、マグマのような熱を帯びた声で囁いた。
「ノエル。俺は、お前を虐げた者たちがこの世にのうのうと存在し、お前を自分の道具だと思い込んでいること自体が許せないんだ。お前の清らかな心を汚し、あまつさえ俺から奪おうとする不敬……」
「帝国全土に知らしめなければならない。俺の女を道具同然に利用し、反省もしない愚か者たちが、どのような地獄を見るかをな」
その瞳に宿る、逃れようのない、そして狂おしいほどの独占欲。
「アイゼン、様…そこまで……」
アイゼン様は私の額に、誓いのような深い口づけを落とすと
「…お前なにも心配しなくていい。ここは俺に任せてくれ」
そのまま漆黒のマントを翻した。
その背中は、愛する者を守る騎士でありながら
敵にとっては逃れられぬ死神そのものだった。
◆◇◆◇
その日の夕刻
帝都の片隅にあるバロン家の屋敷は、突如として現れた漆黒の近衛兵たちによって
ネズミ一匹逃げ出せないほど完全に包囲された。
騒ぎを聞きつけて飛び出してきた私の父と継母は、夕闇の中に佇む馬上の皇帝アイゼン様を仰ぎ見て
そのあまりの威圧感に腰を抜かし、無様に地面に這いつくばった。