テラーノベル
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まぶたの裏が、やけに重かった。
音だけが先に戻ってくる。
カーテンの揺れる音。
誰かの息遣い。
消毒液の匂い。
(……ここ……)
翠の指先が、かすかに動いた。
「……!」
一番最初に気づいたのは、黄だった。
「……翠君……?」
その声に、翠は反射的に身を縮める。
触れられると思ったのか、肩が強張った。
「だいじょうぶ、触らないよ」
黄は、慌てて両手を引っ込める。
その様子を見て、赫も息を呑んだ。
「……翠、にぃ……?」
呼ばれた名前に、胸がぎゅっとなる。
(……ばれた?)
頭が、うまく回らない。
記憶が、ところどころ抜け落ちている。
ただ一つ、はっきりしているのは———
ここで何か言い間違えたら、全部終わる
という感覚。
学年主任が、静かに口を開いた。
「……目が覚めたか」
翠は、ゆっくりと視線を向ける。
先生の顔を見た瞬間、喉が詰まった。
(この人……)
(動画……)
「無理に話さなくていい」
学年主任の声は、驚くほど穏やかだった。
「だが、ひとつだけ聞かせてほしい」
翠の体が、ぴくっと反応する。
「君は……
誰を守るために、ここまでしてきたのか」
その言葉。
──それが、引き金だった。
頭の中で、何かがぷつんと切れる。
(守る……?)
(だって……)
(当たり前……)
翠は、ゆっくりと口を開いた。
止めようとしたのに、
言葉の方が、先に落ちていった。
「……赫ちゃんが……」
赫の肩が、びくっと跳ねる。
「……赫ちゃんが、無事なら……」
声が、震える。
「俺が……殴られるくらい……」
息を吸うのも、忘れて。
翠は、言ってはいけない一言を、
はっきり言ってしまった。
「……それでいいって、思っただけ、です」
一瞬。
時間が、止まった。
赫の目が、見開かれる。
「……は?」
黄は、言葉を失っていた。
学年主任は、目を伏せたまま、動かない。
翠は、はっと我に返る。
(……あ)
(言った)
(言っちゃった……)
「ち、違……」
慌てて取り繕おうとする。
「その……たまたま……」
「たまたま?」
赫の声が、低くなる。
一歩、前に出る。
「今、なんて言った」
翠は、目を逸らした。
心臓が、うるさい。
「……赫ちゃんが……守られるなら……」
そこまで言って、声が詰まる。
赫が、笑った。
───でもそれは、喜びの笑いじゃなかった。
「……はは」
「そっか」
笑ってるのに、目が潤んでいる。
黄の声が、震える。
「……翠君……」
「動画に映ってたのって……」
言葉が、続かない。
翠は、ぎゅっとシーツを握りしめた。
「……ごめんなさい」
絞り出すような声。
「言うつもり……なかった……」
「……迷惑、かけたくなくて……」
赫の拳が、震える。
「……迷惑?」
「俺が……」
声が裏返る。
「俺が、いじめられてたからって……」
「翠にぃが……?」
言葉にならない怒りと、後悔と、恐怖。
「……なんで」
赫の声が、掠れる。
「なんで……俺に言わなかった……」
翠は、泣きそうな顔で、でも必死に笑った。
「……だって」
「赫ちゃんは……」
「生きてなきゃ、だめだから……」
その瞬間。
学年主任が、はっきりと告げた。
「……もう、自己犠牲で済む話ではない」
「これは───重大案件だ」
でも。
その言葉よりも。
赫の一言の方が、
翠には、ずっと重かった。
「……翠にぃ」
震える声で。
でも、まっすぐに。
「それ……
俺のためじゃない」
「……ただ、翠にぃが壊れてただけだ」
翠の目から、
静かに、1粒の雫が零れ落ちた。
コメント
2件
ちょっとほんとにやばいかも こういうシーン心が辛い 1回やばいうんほんとただもう気まずさが