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(っ、ヤベ)
バツの悪さに反射でメニュー表へ逸らす。が、そのまま功基を伺うようにじっと見つめ続ける気配を感じて、渋々視線を戻した。
「あの、なにか……?」
「ああ、申し訳ありません。何故セカンド・フラッシュだとわかったのか、気になってしまって」
(ならもっと不思議そうな顔しろよ……)
言葉に嘘はないのだろうが、表情の変化がなさすぎて読み取るのが困難だ。
まあ、気分を害してしまったようではないようなので、ひとまず良しとしよう。真顔のままじっと返答を待つ和哉に、功基は脱力しながらも答える。
「キャッスルトン茶園っていったら、セカンド・フラッシュが有名なんですよ。まぁ、有名な茶園なんで、ファースト・フラッシュでもオータムナルでもおかしくはないんですけど。もしかしてって思っただけです」
「……お詳しいんですね」
(……お?)
驚いたような、感心したような。無表情だった和哉の顔に、初めて感情が乗った。
なんだかそれが妙に嬉しく感じて、功基はつい、言葉を返す。
「紅茶、好きなんですよ。なんの役にも立ちませんけど」
紅茶好きの男、というのが女々しく思えて、功基は普段自身の嗜好をひた隠しにしている。
唯一知っているのは、大学でよく行動を共にしている諏訪庸司(すわようじ)という友人だけだ。度々誘いを断る功基がヤバイ仕事をしているか、悪い遊びに手を出しているのではないかと斜め上の容疑をかけてきたので、『誰にも言わない』という条件付きで仕方なく白状したのである。
だがまあ、今ここで和哉にその嗜好を打ち明けた所で、功基自身の生活には何の支障もないだろう。
ただ淡々と「左様でございましたか」と述べた和哉が何を感じていたのかはわからないが、特に引いた様子はなかった。
無意識に安堵を覚えてしまったのは、やはり、『紅茶好きな男』という言葉に後ろめたさがあるのだろう。
「では、お紅茶の準備をして参ります。しばしお待ち下さい」
恭しく頭を下げた和哉は静かに踵を返し、フロアと大鏡の間にある通路奥へと消えていく。やっとの事で開放されたと、功基は机に肘をつき薄く息を吐き出した。
疲れた。まだ序盤だと言うのに、変な緊張で疲労が溜まる。
早く紅茶を飲んで落ち着きたいものだと胸中でごねりながら、姿勢はそのままに、視線だけで店内を伺った。
周囲の女性達は、大半が店内を闊歩する執事達の姿を追いながら頬を染めている。だがやはり、ソファー席に座る女性達(何故か一名客ばかりだ)は貫禄があるというか、随分とリラックスした様子で紅茶を嗜んでは、特に浮ついた様子もなく執事と言葉を交わしている。
その様子はまさにお嬢様と連れの執事。あそこまで腹をくくれば、楽しいと思えるのだろうか。
和哉が再び現れたのは、そう時間の経たない内だった。
茶器を乗せた銀色のトレーを左手に、右手を胸に当て「お待たせいたしました」と器用に頭を下げる。
「ダージリンでございます。お注ぎさせて頂きますので、手前失礼いたします」
眼前に置かれたティーカップに、功基は思わず呟く。
「ヨシノ・グレー?」
「よくご存知で」
「あ、わり」
しまった、と片手で口を塞ぐも、何故謝るのかわからないというように和哉が首を傾げるので、功基は複雑ながらも手を下ろした。
まるで、オレが変みたいじゃないか。
「……ティーカップもお詳しいのですか?」
紅茶をカップに注ぎながら、和哉が訊ねる。
うっすらと立ち上る湯気に視線を固定しながら、功基は観念したようにつぶやいた。
「……詳しいって程じゃない、ですけど、まぁ、それなりに」
「当サロンでは様々な銘柄をご用意しているのですが、お嬢様方が好まれるようなものが多いので。お坊ちゃまに相応しいモノをと思いまして、大倉陶園のものと迷ったのですが、こちらを選ばせて頂きました」
「大倉陶園もある、んですか?」
一杯分を注ぎ終えたポットを静かに机上に置き、キルト製のティーコゼーを被せながら和哉が首肯する。
「ええ、ございますよ」
「そうですか……。こういった内装の店なんで、海外ブランドのカップばかりかと思ってました」
「大旦那様は、自国製品も愛されているお方ですから」
この件に関しては、ナイス大旦那様だ。「どうぞ、冷めないうちに」と和哉に促され、功基はカップを手に取った。
鼻の近くに寄せると、『マスカットフレーバー』と称されるダージリン独特の爽やかな香りがふわりと届く。
(うん、いいにおい)
唇に寄せ、コクリと喉を通すと、口内にまだ芽吹いたばかりを思わせる若々しい茶葉の香りが広がった。次いで微かな渋みが、舌先で主張する。
ホテルのサロンでも、場所によっては薄く入れられていたり、逆に濃すぎる時がある。
だがここではきちんとカップも温められているし、茶葉の量も、抽出時間も、しっかりと適量が守られているのだろう。
「いかがですか?」
「美味しいです。ちゃんと、いい香りがする」
言いながら和哉を見上げると、向けられていた探るような目元がふと緩んだ。
「そうですか」
「っ!?」
(わ、わら……った!?)
口数こそ少ないが、上がった口角は歓喜を表すそれだろう。
唖然とする功基に気づいているのかいないのか、和哉は僅かながらも表情を緩めたまま、「私が淹れさせて頂きましたので。安心致しました」と言葉を続けた。
「担当の者が淹れる決まりとなっておりますので、この後も私が淹れさせて頂きます」
「あ、そ、ですか。よろしくお願いします……」
「喜んで。誠心誠意、心を込めてお淹れせていただきます」
右手を胸に添えた和哉は軽く頭を下げると、「おかわりも私がお注ぎさせて頂きますので、こちらのベルでお呼びください」と、机端に置かれた小さな呼び鈴を揃えた指先で示した。
確かに、ホテルのサロンでもスタッフが注いでくれる所は多い。だがいちいち呼ぶのも面倒だな、と思ったのが顔に出てしまったのか、和哉は「お坊ちゃまは絶対に、ご自身でお注ぎになりませんように」と重ねてから、「それではお食事の準備が整うまで、もう暫くお待ち下さい」と去っていった。
ひとりになった功基は、その背がフロアから消えるまでボンヤリと姿を追っていた。