テラーノベル
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京介は眉間に深いしわを寄せ、その隣で妻の月子は驚きから言葉を失っている。
神田旭町の岩崎邸は、ある知らせに揺れていた──。
「どうだろう?悪い話ではないと思うが?」
京介の兄、岩崎男爵が朗らかに言った。
「そうよ。京子ちゃんもお年頃だし」
男爵の妻芳子が口を挟んでくる。
「いや、しかし、義姉上《あねうえ》京子はまだ十五ですよ!」
京介が声を荒げた。
「やだもう!京介さんって、いつまでたっても声が大きいんだからっ!耳がキーンとしちゃったわ」
芳子は耳を押さえて京介を見る。
「月子さん、あなた、よくこの大声に耐えられるわねぇ。胎教によくないんじゃない?」
続けて芳子は月子のふくよかな腹へ視線をやった。
「……いえ、芳子様。京介さんは、上背もあるので声も大きくなるんだと思います」
「やだ、月子さん。のろけ?」
ふふっと、芳子は笑うが、すぐに京介を見据え物申す。
「だってね、お相手もしっかりした方ですし、そうだわ!月子さんが岩崎の家に嫁いで来たのは十六の時だったでしょ?」
芳子の言葉に京介の顔が引きつった。
「とにかく!京子に縁談だなんて!いきなりすぎます!」
京介は頑なに拒む。
兄夫婦の突然の来訪。何事かと思いきや、長女京子への見合い話を持ってこられた。
「……兄上。こちらも驚きます」
「まあ、落ち着いて良く考えてみなさい」
男爵は、驚く弟夫婦──、京介と月子を諭した。
「相手は、白井男爵家の次男。身分は釣り合っている。外交官と職業も固い。浮かれた話ではないだろう?」
男爵は、身の上の詳細を記載している釣書《つりがき》と写真を京介へ差し出した。
「いえ、京子はまだ女学校に通う身です。結婚など……」
京介は頑として譲らない。
「京介。そう意固地になるな。見合いだけでも一度……」
「兄上は、私の時も強引に見合い話を進めました!」
京介は、男爵の言葉を遮った。
「あら!ちょっと!京介さん!そのおかげで月子さんと結ばれたんでしょう!その言いようはないわよ!」
芳子が、すかさず噛み付いた。
「月子さんに不満がある訳?!」
「そんなことは!月子に不満はいっさいありませんよ!そもそも、これは京子への話であって……」
「だったら、お見合いぐらい受けなさいよ!」
「京介、これは岩崎男爵家本宅の命令だ。従ってもらうよ。月子さんもいいね?」
男爵が、厳しい顔をした。
「兄上!なんですか!命令というのは!」
「命令は、命令だ。お前も分家とはいえ男爵家の人間。家の決まりごとには従ってもらう」
いつになく、強気で強引な男爵の様子に月子は京介を伺った。
「……京介さん。とりあえずお話を受けてみるのは?悪い話ではないのなら……」
場を取り持とうとしている月子に、京介も何か察したようで、黙り込んだ。
そして……。
「本人に聞いてみます。京子が嫌だと言ったらそれまでです」
と、静かに兄の言い分に折れたのだった。
「ただいま帰りました!」
大人たちの困惑を払うかのように、玄関のガラス戸が開き涼やかな声がする。
「京子ちゃん、帰ってきたようね!話が早いわ!」
芳子がここぞとばかりに弾けた。
「お母様!京次郎ちゃんがおやつが欲しいとぐずっちゃって!何かないかしら?」
女学校の帰り道、いつも通り弟である京次郎の幼稚園お迎えをし、連れて帰ってきたのだが、今日は京次郎がぐずっていけないと京子は母月子へ訴えた。
「あら!私忘れてたわ!皆で食べようと思ってシベリア持ってきたのよ!」
芳子が慌てて包みを差し出す。
「芳子おば様!いらしてたんですか!」
京子は、芳子の姿を見ると目を輝かせる。
「おば様!今日も素敵な御召物!その帯留めカメオですか?!」
着道楽の芳子に京子は、密かな憧れを持っていた。常に着飾っているおばの姿に憧れているのだ。今も目ざとく帯留めに注目している。
「ええ、カメオに見えるんだけど、人工カメオとかでね。模造品。だけど洒落てるから買ってみたのよ」
答える芳子に京子は羨望の眼差しを送り続けている。
「シベリア!」
そこへ、京子に手を繋がれている京次郎が催促する。
「あらあら、京次郎ちゃん。お行儀が悪いわよ」
月子がすかさず注意した。幼子とは言え、仮にも岩崎男爵家の家系の者。行儀には人一倍気をつけている。
「あら、月子さん。京次郎ちゃんは、まだ小さいもの。仕方ないわよ。おなか減ったのね。シベリア食べましょう」
気を使う月子へ芳子が微笑む。
「お茶を淹れますね」
ふくよかな腹を庇いながら月子が立ち上がろうとするが、京子が、即座に止めた。
「お茶なら、私が!お母様は身重なんだからじっとしてて!」
言って、台所へ向かおうとするが、男爵がそれを引き止める。
「京子ちゃん。少し話があるんだが。先にいいかな?」
「……話ですか?」
いつになく神妙なおじの口ぶりに、京子はつい皆を見る。
父京介も、母月子も、何か言いたそうな素振りで京子を見ていた。
何が起こっているのか分からぬまま、京子は静かに腰を下ろした。
コメント
1件
おお、第1話読んだわ!時代背景とか家族の空気感がしっかり描かれてて、一気に引き込まれた。京子ちゃんが15歳で縁談って、現代基準で見るとそりゃ親も驚くよな。でもおばさまの芳子が着物に詳しくて、京子が憧れてる描写とか、細かい人情味がいい感じ。最後の「話ですか?」で静かに座るところ、品があって印象的だった。続きめっちゃ気になるわ!
#大正
井川奎
25
芙月みひろ
510
鷹槻れん

3,755
#普通
野々さくら
331