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そして、その日の夕食時──。
岩崎家の食卓の話題は自然、京子の縁談話になっていた。
「えー!京子に見合い?!」
兄の京太郎が、箸を止め驚きの声をあげる。
「本宅から話が来た」
京介は、父親の威厳を保とうとばかりに言葉少ない。
「京子。どうなんだ?っていうか、相手はどんな人物なんだ?」
京太郎は興味津々で、妹京子を見た。
「あ、それは……」
京子は黙り込む。正直何が何だか分からないままなのだ。いきなりの見合い話に戸惑いが先に立ち、相手のことを知る余裕すらなかった。
「黙ってちゃわかんねぇだろ?どうなんだ?」
京太郎は、他人事のように焼き魚をつつきながら問いただす。
「京太郎、行儀が悪いぞ。食べるか喋るかどちらかにしろ」
「あれ?父上?機嫌が悪いですね。もしかして、相手に不満があるんですか?」
京太郎は、飄々と言うがその態度が京介を逆撫でた。
「不満も何も!京子にはまだ早すぎる!」
食卓に京介の大声が響き渡る。
ひっと言う声とともに京次郎がむせて、咳き込んだ。
「旦那様。京次郎坊ちゃんがびっくりしています。もう少しお声を……」
女中のお咲が、京介をたしなめ、おかわりをと問いかける。
「いや、もういい。それより、京子の話だ!」
「京介さん。少し落ち着いてください」
月子が、妻の努めとばかりに苛立つ夫京介をなだめた。
「……落ち着いている」
言って京介は、ゴホンと咳払いし京子を見た。
「……とにかく、本宅からの命だ。見合いを受けなければならん……」
それだけ言って京介は黙り込む。
京子も分かっているとばかりに小さく頷いた。
「父上。で、相手はどんな人物なんですか?」
おかわりと、茶碗を差し出しながら京太郎が言う。相変わらずどこか他人事だった。
「お前は知らなくていいことだ」
「いやまあ、そうかもしれないですけど。というか、俺はいいけど、京子は詳細知ってんですか?」
家の都合で進められている話。当の京子は何も知らされてないのではと京太郎が気を利かせた。
「だから、詳しい話をこれから!」
京介は、肩を怒らせながらまた大声で言った。
「うわっ、声でけえー!」
京太郎が呆れている。
食卓はどこかピリピリしていた。
「……あの、京介さん?このお話、京子もフランスへ行くということなのでしょうか?」
月子が、遠慮気味に言った。
「え?!なんでフランス?!」
京太郎が叫んだ。同時に見合いにフランスとはと、首をひねっている。
お咲も、京次郎へ焼き魚を食べさせてやる箸の動きが止まった。
「……お父様……」
京子が、心配そうに呟いた。そこがどうやら知りたいようだった。
「……見合い相手は外交官だ。来月フランス領事館へ異動が決まっているそうだ……」
それ以上は知らぬと、京介の歯切れは悪い。
「フランスへ?!来月ですか?!」
お咲も声をあげていた。
「いや、ちょっと、父上!来月って。で、見合いって?!」
京太郎は、さすがに驚いたようで事の真相を父へ問いただした。
「赴任する前に身を固めさせたいようだが……」
先方の意向を言いつつも、京介は言葉を濁した。
相手方の身の上にこだわる以上に、このあまりにも、急な流れに皆ついていけないのか、そのまま押し黙ってしまう。
食卓には妙な沈黙が流れた。
「とにかく。見合いは今度の日曜日だ。場所は恐らく兄上の屋敷、本宅になるだろう。京子、その心づもりでいなさい」
京介はそこまで言って茶を飲んだ。
「……話は、これで終わりだ」
言って京介は腰を上げた。
「月子、すまんが書斎に茶を持ってきてくれ」
京介がポツリと言った。
恐らく夫婦として話があるのだろうと読んだ月子も腰を上げた。
食卓から両親が消え、残された子供たち、京太郎と京子はますます分からないままだった。
「いや、なんか思わぬ方向に話が進んでるんだけど……」
京太郎が、動揺を隠すように飯をかき込んだ。
「京子お嬢様大丈夫ですか?」
お咲が心配そうに京子を見る。
「うん……」
京子は重く返事をし、箸を置いた。
「京子。父上は、まだ早いって言ってただろ?見合いって言っても形だけじゃないのか?」
京太郎が、動揺する妹をいたわるように言う。
「ええ、そうですよ。京子お嬢様はまだ女学校に通っているのだから……」
お咲も慰めのような事を言う。
「焼き魚残ってるぞ。食わないなら俺が食う!」
京太郎が、箸を伸ばす。
いつもなら口喧嘩になるところ、京子は、黙ったままだった。
「あーー、京子。本宅からの見合い話ってだけで、気にするな。日曜日になったらわかるって」
バツが悪そうに箸を引っ込めながら、京太郎はそれでも京子のことを心配した。
父は、乗る気ではない。まだ早いと言っていたと言って、京太郎は必死に動揺する妹をなだめようしたが、あまり効果はないようだった。
「……お見合い……断れないよね。普通。家と家の話だもの……」
それだけ言うと、京子は静かに腰を上げた。
「京子お嬢様。ほとんど箸をつけられてないじゃないですか?後でお部屋に何かお持ちしますね」
「あっ、おば様からの差し入れ。シベリアが水屋に入ってる。お兄様とお咲で食べるといいわ」
どこか口重に言い、京子は食卓を離れ自室へ向かった。
コメント
1件
第2話、読ませていただきました。 食卓の緊迫感がひしひしと伝わってきました。京介さんの「まだ早い」という本音と、家の決まり事に押し切られる空気が、京子さんの静かな沈黙に現れていて胸が痛みます。特に「断れないよね」の台詞が、彼女の立場を物語っていて印象的でした。 お兄さんの京太郎も、飄々としながらも妹を思いやる姿が優しくて、この家族の温かさが垣間見えた気がします。次はどんな見合いになるのか、気になりますね。