TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「──おい。今日、何の日か分かってるか」


その朝、組織の仮住居で目を覚ました栞は、

キッチンでコーヒーを淹れる翠にそう声をかけられた。


「え……? 任務、休みの日……ですよね?」


「違ぇよ」


翠はマグカップをカウンターに置き、目を細める。

その視線に含まれた、なにか含みのある静かな温度に、栞は首を傾げた。


「今日が“お前のコードネーム”の由来の日だ」


「──あっ……」


コードネーム0812。

組織が与えた彼女の“誕生日”。


つまりそれは、

“初めて人を殺した日”。


栞の肩が、小さく揺れた。


「……忘れてた、つもりだったんだけどなぁ」


「忘れるな。背負え。お前が人を殺した過去も、そこから生きようとしてる今も、全部まとめて“お前自身”なんだよ」


冷たいようで、優しい。

その言葉を胸に落としながら、栞はそっと小さく笑った。


「ありがとう。……でも、あんまり“おめでとう”って感じはしないね」


「じゃあ、“お疲れさん”にしてやる」


そう言って、翠は不意にポケットから何かを取り出した。

小さな箱──中には、シルバーのペンダント。


「え……なにこれ」


「“位置情報非対応”。“録音機能なし”。ただの、飾り。──組織にバレねぇように作った。……気に入らなきゃ捨てろ」


「……」


栞は無言のまま、ペンダントを手に取る。

温かくはない。けれど、冷たすぎもしない。


「……捨てるわけない、じゃん」


ぼそっと呟いて、ぎゅっと胸に抱きしめた。


***


昼過ぎ。

外は珍しく快晴。

久しぶりに自由の出た2人は、街に出ていた。


とはいえ、いつどこで誰が監視しているか分からない。

帽子を目深にかぶり、互いに仮名で呼び合いながら歩く。


「……このあと、何するんですか?」


「腹減ってねぇか」


「へ? あ……まぁ、朝からパン一枚ですけど……」


「だったら、ほら」


翠が指差した先には、さりげなく並ぶカフェの看板。


【本日のケーキセット 夏いちごとレアチーズ】


「……っ! おいしそう……!」


「行くぞ。短時間で済ませる」


「え、いいんですか?」


「お前が笑ってねぇと、死にそうな顔してんだよ、今日」


「……っ、なにそれ……!」


不意打ちのようなその言葉に、栞の胸がきゅうっと鳴った。


***


カフェの中。

小さな窓際の席。

栞の前にはレアチーズケーキとミルクティー。

翠の前には、なぜかブラックコーヒーと、まったく手をつけていないチーズケーキ。


「……食べないんですか?」


「甘いのは苦手だ。お前にやる」


「……最初からそのつもりで頼んでません?」


「うるせぇ。文句言うな」


「……ありがと」


栞はフォークを手に取り、ケーキを一口──

その瞬間、ふわっと目を見開いた。


「……おいしい……!」


「そりゃよかった」


「ほんとに、今日が誕生日でもいいかもって思えるくらい、おいしい……」


「……なら、来年もここに来るか?」


「えっ……」


「死んでなければな」


「……! そのフラグやめて……っ!」


「バカ、死なせねぇよ」


言葉と同時に、翠がそっと自分のカップを傾けた。

その目が、まっすぐこちらを見ていた。


いつもより、ずっと優しいまなざし。


***


帰り道。


商店街の片隅で、小さな花屋を見つけた。


「……ねぇ、翠さん。誕生日って、花もらってもいい日なんですか?」


「お前、誰にねだってんだ」


「えへへ、わかんない~」


しばらく迷ったあと、栞は自分で小さな黄色いガーベラを一輪、買った。


花言葉は──「希望」。


その夜、花瓶に挿した花を前に、

ペンダントを握りしめながら栞は思った。


(……今日だけは、笑ってていいかな)


殺し屋として生きている。

でも、誰かに“祝われた”この日を、きっと忘れない。


その夜、何も起きなかった。

誰も死なず、銃声も鳴らず、血も流れなかった。


でも、そんな一日が、

今まででいちばん、生きていたと感じられた。


殺し屋のバディは世界一イケメンです

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

4

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚