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マデスが立ち去り、東京の空がひどく静まり返った夜。タクトは、何かに取り憑かれたような気分でその場に佇んでいた。リリスの死が意味するものを完全には理解できていなかった。だが、その一方で不安が胸を締めつけ、何かしらの解答を得るまでこのままでいることはできないと感じていた。
それを打破するかのように、突然、空気が変わった。何かが近づいてくる感覚があった。タクトは振り返ると、そこにはマデスがいた。だが、今回はただの冷徹な男ではなかった。彼は何かを手に持っていた。
「何をしている…?」タクトは一瞬、言葉を失った。
その手には、なんと、何の変哲もない「リリスかけご飯」が乗ったお皿があった。ご飯の上に、まるでリリスの形をした具材が並べられ、まるで小さな呪文のように見えた。
「どうだ、これ。」マデスはふっと笑みを浮かべる。「リリスの最後の力を込めて作った。うまくないか?」
タクトは目を細めてそのご飯を見つめた。「リリスかけご飯…?」
「お前、食べたことがないのか?」マデスは呆れるように言った。「まあただの料理だ。でも、どうしても食べたくなったんだ。」
タクトは言葉に困惑しながらも、食べ物に手を出すことができずにいた。しかし、マデスが何かに引き寄せられるように、しばらく黙ってお皿を見ていた。リリスが消えたはずなのに、どうしてこんな料理を作る気になったのだろうか。タクトはその疑問を口に出せなかった。
「これを食べることで、あいつをもっと思い出すんだ。」マデスは静かに、しかしどこか興奮したような口調で続けた。「リリスが作ってくれたような気がするだろう。」
タクトは、意外なことに、胸の中に微かな暖かさを感じた。彼の冷徹な態度も、どこかの瞬間に心の中で崩れそうになる。それは、ただ単にリリスがいなくなったからではない。彼女が残したもの、いわばその名残が、今ここで現れていた。
「お前、もう少しまともなもの食べた方がいいんじゃないのか?」タクトは苦笑しながら言ったが、その顔には、どこか悲しさが浮かんでいた。リリスの死に続き、何もかもが終わったわけではないのに、まるで何もかもが平穏に戻るような錯覚を抱いてしまう自分に気づいた。
マデスはタクトの言葉を聞き流すように、リリスかけご飯をゆっくりと食べ始めた。その表情は今まで見たこともないほど穏やかで、まるで何もかもを受け入れるような空気を持っていた。
「さ、食べろ。」マデスはお皿をタクトに差し出す。
タクトは躊躇しながらも、おそるおそる箸を取る。そして、ほんの少しだけそのご飯を口に運んだ。
瞬間、何かが脳裏に浮かんだ。
リリス。彼女の最後の力。それが今、タクトの体内にしみ込んでいく感覚を覚えた。
「…うまい。」タクトは小さく呟いた。だが、それは単なる料理としてではなく、リリスの「意志」そのものを食べているかのような不思議な感覚だった。
マデスは満足げにその光景を見つめ、さらに言葉を続けた。「これを食べることで、リリスが本当にいなくなったわけじゃないってわかるんだ。死んでも、食べ物となってここに残る。存在として、こうして…」
その言葉に、タクトは思わず深くうなずいた。リリスの死は確かに彼にとって大きな出来事で、彼女の死に直接的な影響を与えることができるのは、彼女の存在を心に刻むことだと理解した。
タクトがリリスかけご飯を食べ終わると、しばらく沈黙が続いた。その後、マデスはお皿を置いて立ち上がり、タクトに向かって言った。
「だが、リリスがどれだけ崩れたとしても、次はお前が背負う番だ。お前の戦いは、これからも続く。」
タクトはしっかりと剣を握り直し、マデスの言葉に応えた。「わかっている。終わらせなければ、全てが無駄になる。」
そして、二人は互いに何も言わず、その場を後にした。リリスの死は一つの大きな戦いの終わりを意味するのではなく、むしろ新たな戦いが始まる兆しに過ぎなかった。
タクトの心には、どこかでリリスの姿が消えていったことを受け入れる準備がまだ整っていないという思いが残っていた。しかし、それでも戦い続けるしかなかった。
次なる戦いが、すぐに始まることを彼は知っていた。