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村の朝は、いつも決まって鶏の鳴き声で始まる。
薄曇りの空の下、子供たちは小川で水を汲み、女たちは畑に出て、男たちは山で薪を切る。
ユウはその流れの一部に過ぎなかった――はずだった。
しかしその日、村の広場に兵士が現れた。
鋼の鎧に剣を下げ、馬に跨った姿は、泥にまみれた農民の暮らしから見れば別世界の存在だった。
「村の若者は徴兵だ。戦に出てもらう」
兵士の声は冷たく、抗議の余地はなかった。
ユウは両手を強く握りしめた。
(……ついに来たか。前世でも、戦いからは逃げられなかった。今世もか……)
村の古老が、物置から木剣を持ち出した。
削られただけの粗末な剣。それでも村に残された唯一の武器だった。
「ユウ、これを持て」
「……これで、戦えるのか?」
「戦うんじゃねえ。生き残るためだ」
古老の目は鋭かった。まるで何人も死んでいくのを見てきたような瞳だ。
ユウは木剣を握った。冷たく、ざらついた感触。
だがその瞬間、体の奥で何かが共鳴した。
――剣王の加護。昨日から宿っているその力が、かすかに反応している。
古老は短く言い放つ。
「振れ。まずは千回だ」
「ち、千回……!?」
隣で同じく徴兵された青年が青ざめる。
「剣は筋肉で振るんじゃねえ。腰を使え。足を使え。体全体で剣を振るんだ」
ユウは深く息を吸い、剣を構える。
木剣を振るたびに、風を切る音が鳴り、手に衝撃が返る。
十回で腕が痛み、五十回で汗が滴り、百回で足が震えた。
「はっ……はっ……」
「どうしたユウ、腕だけで振るな! 腰を回せ! 相手を斬るつもりで振れ!」
古老の叱咤が飛ぶ。
だが不思議なことに、体が自然に動きを修正していた。
昨日授かった剣王の感覚が、素振りの動きを導いていた。
「……なるほど、こうか」
ユウは剣を振りながら小さく呟いた。
「何だ今の動き……?」隣の青年が驚く。
「いや……体が勝手に……」
数日後。
村の外れで、敵兵が接近したとの報せが入る。
徴兵されたユウたちは武器を持たされ、怯えながら集まった。
「おい、本当に俺たちで戦えるのか……?」
「死にたくねぇ……」
若者たちの顔は青ざめ、手は震えていた。
ユウは静かに剣を握る。
(怖い……だが、逃げても死ぬ。立ち向かわなければ……)
敵兵が迫る。鉄の鎧、鋭い槍、怒号。
村の青年が一人、恐怖で足を止めた瞬間――槍が突き出された。
「危ないッ!」
ユウは咄嗟に前に出て、木剣で槍を弾く。
金属と木がぶつかり、火花が散る。
「っ……重い……!」
だが、身体が勝手に反応していた。
敵の体勢の崩れを見抜き、踏み込み、木剣を振り抜く。
「はぁぁっ!」
バシィッ!と音を立てて、敵兵の兜がはじけ飛ぶ。
「……嘘だろ、今の動き……」
「ユウ、お前……」
仲間たちが目を見開いた。
ユウは震える手を見つめながら呟く。
「俺は……まだ死ねない。生き延びるためなら……戦うしかない」
戦いは混沌とした。
敵の怒号、村人の悲鳴、泥にまみれた血。
仲間が倒れ、命が失われていく。
「ユウ! 後ろだ!」
仲間の叫びで振り返り、剣を振る。敵兵の剣を受け流し、腹を蹴り飛ばす。
体が勝手に動く。視界が広がり、敵の隙が見える。
――これが、剣王の加護。
だが同時に、死があまりにも近いことも理解していた。
「……これが、この世界の戦か」
息を荒げながらユウは呟く。
古老の言葉が脳裏に蘇る。
『戦うんじゃねえ。生き残るためだ』
その意味を、ユウは初めて本当に理解した。
戦が終わり、広場は静けさに包まれた。
血に染まった地面、泣き崩れる村人、燃える家。
ユウは剣を握り締めながら、心に問いかける。
「……俺は、剣で何を守る? ただ生き延びるためか、それとも……」
夜風が吹き抜け、木剣がかすかに鳴った。
その音は、ユウの心に刻まれる答えのない問いのようだった。