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白山小梅
白山小梅
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「アオ、おまえ遅すぎな」
「さーせん。道が引くほど混んでたから、途中から走って来た」
「ぜったいうそ」
「ごめんうそ」
「罰として、軽く三杯飲んで、ペース合わせてもらっていいかな?」
「はは、おーけー。どーも、|柊《ひいらぎ》です」
他人の空似だと嬉しかったのに、愛称と苗字、その二つを確認すると、思い出のまま歳を取らなかったあの人と目の前の人が結びつく。
いやいや!まって!やっぱり柊 碧音じゃん!
どこがおーけー?こんなの、聞いてないんですけど!
あわてて、条件反射のごとく、思っきし顔を背けた。だって、柊だとすれば、気まずいが沸騰して頭からこぼれ出しそうだ。
「……?どうしたの?」
「えーっと、はは、うっかり足元にプチトマト落としちゃって、」
「別、放置でよくない?」
「だって、ほら、掘りごたつだよ?踏んで潰れたら大変だし……どこに落ちたかなあー……」
ありもしないトマトを探すふりをして、どうにか柊の視界に入らないことを第一ミッションとする。
あたしと柊は” ひさしぶり!元気してた! “って気軽に言える間柄ではない。どちらかといえば、グレープフルーツみたいに後味の苦い、気まずさしか残っていない。
人は手に入らないものを欲する傾向にある。手に入らないからこそ、猛烈に艶めいて見える。
いま過ぎ去った現実は、この瞬間に思い出となり、過去と化した瞬間から、” いま “はもう、手に入らない。
過去は美しいものって、良く言う。それはそうだ。手に入らないものは全てうつくしく思えるものだから。
恋愛欠陥品のあたしでも、思い出はちゃんと持っている。
あたしは柊のことが好きだった。
──ちゃんと好きだった。
現に、柊 碧音って人間を確認すればしっかりとときめくくらい、あの頃の失恋の痛みを未だに残している。
しかし、どうしよう。
良い人に出会えるかな、とか、当初の予定はもはや木っ端微塵に崩れ去った。気まずいが爆発する前に、どうやって帰ろう、どう抜けよう、脳内はこの二つに早変わりした。
「で、何飲む?」
モヤモヤ感を残しながら、ちらりとテーブルの縁から向かい側を伺う。最悪なことに、マルタイは目の前に陣取ったみたいだ。しかも、へらへら笑ってるし、なんなの?昔は無表情がテンプレだった男よね?
「ここのハイボール、美味しい?」
「どうだろ、飲む?」
柊は、さらっとした軽いタッチで、エミちゃんのハイボールに口を付けている。
……やっぱ、別人?
「……あー、カシオレがいいな」
「女子かよ」
「カシオレに謝れ。美味いじゃんカシオレ」
「柊くん甘党なの?ギャップ超可愛いんですけど」
不幸中の幸いと言うべきか、柊は芽依とエミちゃんと話していて、あたしには気付いていないもようだ。見た目はガラリと変わっていても、たまに見せるくたっとした笑顔は変わらない。
「ほとりちゃん、さっきからなにしてんの?」
「な、なな、なんでもない!あのさ、ルイくんって、あれに似てるって言われない?KーPOPアイドルの、」
「ごめん、おれ韓国全然わかんね」
「そかそか、でも、似てるよ〜……こないだTikTokで、」
あたしも実は分かんないんだけど、下を向いている方が確実に良いので、スマホに指を乗せ、どれだったかなー、と探すふりをした。
「……ほとり?」
ぎくり。
この6畳程度の閉ざされた空間で、顔を合わせないわけもなく、案外はやくマルタイとばっちりと視線が合う。柊の顔にも” まさか “が書かれていたから、更に気まずい汗が流れた。
「……なに、知り合い?」
「や、知らない、です!知り合いに似てた気がしただけ!はは」
気のないハ行をくっつける。こんな短時間で、ルイくんが使っていた笑い方が移ったみたい。
ちらり、前方を伺うと、無表情の男の口角がふっと持ち上がり、髪をゆったり耳にかけた。耳たぶに無数にあけられたピアスは、あの頃よりもずっと増えていて、時間の経過を感じる。
「偶然。俺も、知り合いに似てると思った」
「へーえ、ほんと、偶然」
ははは、が口から逃げていく。どうやら、柊もあたしの先手に乗ってくれるようで、ひと安心する。
こうなれば、他人説で乗り切るしかない。
「《《ほとり》》ちゃんってゆーのね。よろしく」
安心も束の間、お砂糖みたいな声に呼ばれて、心臓が捻れるくらい擽ったい。
さっきから変な汗が手の中に流れている。し、いくらアルコールを体内に入れても全然落ち着かない。もはやこのカシオレ、ノンアルなんじゃない?って勘繰っちゃう。
酔いたくて飲んでるのに酔えないっておかしくない?
おかしいでしょ。
──絶対、おかしい。