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「えっ!? セルマさんは『ルミレス』の店長さんだったんですか!!」

注文した料理を待っている間、私達は自己紹介をすることにした。相席までしておいて、まだお互い名乗っていないのに気付いたからである。ご婦人はセルマさんといって、エストラントで仕立て屋さんを営んでいるそうだ。

「もうほとんど隠居状態だけどね。経営も娘夫婦に任せてから何年も経つし……」

「ルミレスの服なら私も持っています。前に夜会服を1着仕立てて頂いたんです」

「そうなの? ありがとう。良かったらこれからも贔屓にしてやってね」

「はい……」

頻繁には無理ですが……という言葉は声には出さず、心の中に閉まっておこう。品のあるご婦人だとは思ってたけど、まさかあのルミレスの店長さんだったなんて。

王都に仕立て屋は数あれど『ルミレス』はその中でも有名だ。良家の御子息やら御令嬢だかを、多数顧客に抱えている所謂高級店。庶民が気軽に訪れるには敷居が高すぎる。そんなお高い店の服を1着とはいえ、なぜ私が持っているかというと、両親にプレゼントされたからである。

それは私の18の誕生日のことだ……年頃なんだから夜会服のひとつくらい持っておけという母の持論のもと、引きずらるようにルミレスに連れていかれたのだった。両親の心遣いは有難いけど、採寸して貰ってる間も金額が気になってしまい上の空だった。色や好みのデザインとかも聞かれていたそうだけど、あまり記憶に無い。しかし、そんな状態でも出来上がった服はとても素晴らしい物で……流石有名高級店。その時作って頂いた服は私の宝物のひとつになった。残念なことに今の所着る機会には恵まれず、クローゼットの肥やしになっている。あの時私の対応をしてくれたのが、セルマさんの娘さんだったのかな。

「表にはあまり出なくなったけれど、昔からのお得意様には、今でも私がお仕立てさせて頂いているの。もう専属みたいなものね」

「そうなんですか……」

裏方に回ってからは時間に余裕が出来たので、新しい趣味でも探そうかと、町をぶらぶらしていた時に出会ったのが『とまり木』だったそうだ。最初は休憩がてら何となく立ち寄ったのに、今ではすっかりこの店の虜になってしまったらしい。私と同じですね。目見が良く、所作も美しい従業員を見ていると、創作意欲が湧いてくるんだって。

「あの、ちなみにどんなお客様がいらっしゃるんですか? ルミレスのお得意様って、なんか凄そうだなって」

「そうね……あんまり大きな声では言えないんだけどね」

セルマさんは私に耳打ちをした。周りのお客には聞こえない小さな声で告げられた名前……私は驚きに目を見開いた。

「ジェムラート家……?」

予想以上だった……まさかの公爵家。貴族の中の貴族……トップクラスだ。ジェムラート家のお屋敷はオルカ通りから近いので、外観だけは見たことあるけど……何というか世界が違うって感じだった。私達が普通に生活をしていてお会いする事なんて叶わない、雲の上の人達である。住んでる場所は近いけれど存在は遠い。

セルマさんは月に一度くらいの頻度であのお屋敷へ出向き、奥方と娘さんの衣装の相談をしているのだと。公爵家と交流があるなんて……さっきまで普通に喋っていたのに、見方が変わって緊張してきた。

「そこのお嬢様ふたりがお綺麗でねぇ。歳はまだ10歳くらいなんだけど、初めてお会いした時は見惚れて固まっちゃった。特に妹のクレハ様!! 銀髪に青い瞳で美しいのなんのって……!!」

公爵家のお嬢様の噂は私もちょっとだけ知っている。凄い美少女なんだって。でもそれは確かお姉さんの方で、妹さんの話はあまり聞いたことはなかったな。妹も綺麗なんだ。銀髪青目って珍しい……見てみたいかも。

気の早い話だけれど、お嬢様達の婚礼衣装も是非うちで仕立てさせて欲しいと、セルマさんは興奮気味に語っている。姉のフィオナ様には既に婚約者がいらっしゃるのだそうだ。公爵家ともなると、お相手もきっとそれ相応……他国の貴族か、はたまた王子様とか――――

「お待たせ致しました」

セルマさんからジェムラート家のお嬢様の話を聞いているうちに、料理が運ばれて来た。テーブルの上に置かれた苺のタルトと紅茶……って、ちょっと待って。この声って……恐る恐る視線を上げる。セルマさんが料理を運んで来た店員にお礼を告げた。

「ありがとう、ルイス君」

ルイスさん推しじゃん!! ケーキを持って来てくれたのは私の最推しの彼であった。席までの案内はクライヴさん、オーダーはレナードさんときて最後にルイスさん。セドリックさんも挨拶の時に見れたし、フルメンが全員揃ってるだけでも貴重なのに……その4人を満遍なく近くで見ることができるなんて、ツキ過ぎてて怖い。

「セルマさん、こんにちは。いつもありがとう……いや、ありがとうございます」

言い直してる……可愛い。気を抜くとすぐに素の喋りになっちゃうんだろうな。別に無理に敬語使わなくてもいいのに。でも、律儀に言葉使い修正しようとしてる姿も好きだからもどかしいな。てか、セルマさん!! ルイスさんに認知されてるじゃん!! 羨ましい……

「いいのよ、そのままで。他のお客さんはともかく、私達には堅苦しい話し方はしなくて良いわ。普段通りのルイス君でお願い」

ねぇ? と私に目配せをするセルマさん。彼女に続いてルイスさんも私を見つめる。悲鳴を上げそうになってしまったのを耐えた私は偉い。

「えっと……ほんとに良いんですか?」

私は無言で首が千切れるのではないかというくらい、激しく何度も頷いた。それを見たルイスさんは、肩の力が抜けたように表情を緩ませた。

「助かる。ありがと、それじゃあ……お言葉に甘えていい?」

言葉使いに気を使っているせいか、無愛想とまではいかないけど、ルイスさんはあまり感情を表に出さない人だったのに……こんなに柔らかく笑うんだ。

彼はそのあと、自分の言葉でケーキの説明をしてくれた。それなのに私ときたら、彼の笑顔の衝撃で頭の中がふわふわしていたので、内容をほとんど理解できてはいなかった。

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