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すき焼きが食べたいと言ったのは雄大さんで、ご飯の時間までには帰ると言った。

『少し遅くなる』のは、道が混んでいるからだと思った。ご両親との話し合いが少し長引いたのかもしれない。そう、思いたかった。

雄大さんが出て行って七時間が過ぎ、電話をしようかとも思った。けれど、やめた。

なぜだか、やめた方がいい気がした。

それから三十分後。

雄大さんは疲れ切った表情で帰って来た。

出て行った時と同じ服に知らない香りをまとって。

「遅くなってごめん」

そう言って、雄大さんは私を抱き締めた。

ケーキの箱を潰さないように。

彼の身体は冷え切っていた。顔色も悪い。

「雄大さん? どうしてこんなに冷たいの?」

まるで水風呂にでも浸かったよう。

「具合が悪いの?」

雄大さんは首を振る。

「お風呂! すぐ——」

「いい。それより、お前を抱きたい」

「え——?」

嫌な予感がした。

いつものように強引にベッドに押し倒され、いつものようにキスをして、いつものように身体を重ねる。

なのに、心が重ならない。

「何があったの?」

|挿入《はい》ってきた雄大さんがいつもと違うことに、すぐに気がついた。

たいしてその気もないのに、無理やり繋がろうとしている。

私が気がついたことに、雄大さんも気がついた。

「セックスで忘れられる?」

「セックスで忘れたい」

「ゴム、着けて」

異様な光景だと思う。

私は足を開いて雄大さんを受け入れているのに、真顔で彼を見上げている。

「そんな気持ちの時に出来てほしくない」

「馨……」

「続けるなら、ゴムして」

『子供が出来たら、誰にも文句を言われずに済むかな』

あの言葉は本気だった。

昨夜も、着けなかった。

今も、着けていない。

「嫌だ」


えっ————?


絶対、やめると思った。

何があったのか、話してくれると思った。

けれど、私の言葉は雄大さんに火をつけてしまった。

それなりに私の|膣内《なか》に収まっていた雄大さんが、はち切れんばかりの存在感を見せつけ、激しく動き出した。

「ちょ……っと……」

「そんな気持ち、って何?」

「え……?」

「俺の気持ちがわかんの……?」

脚を担がれて、繋がっているところが大きく開かれる。この体勢は恥ずかしくて好きじゃない。気持ちいいけれど。

「んっ——。あ……、ああ……」

「子供が出来たらっ……すぐに……でも結婚できるのに……って——」

雄大さんがギュッと目を瞑り、口をきつく結んだ。けれど、すぐに深く息を吐く。

「悪い……。もう……イク——!」

深く押し付けられて、雄大さんのモノがびくびく動いているのがわかる。お腹の奥が熱い。

「くそっ——」

雄大さんが耳元で呟く。

自分本位なセックスに対してか、セックスでは忘れたいことを忘れられなかったからかは、わからない。

「気が済んだ?」

わざと、冷たい言い方をした。

後ろめたいからか、雄大さんは顔を上げようとはしない。代わりに肩にキスをくれた。

「ごめん」

「シャワー入ってきて? すき焼き用意しておくから」

「ん……」

ぐぅ、とお腹が鳴った。二人同時に。

私たちは顔を見合わせて、笑った。


*****


「玲に会って来た」

お腹いっぱいすき焼きを食べた後に、雄大さんが言った。

「だから、遅くなった。……ごめん」

責める気にはなれなかった。

雄大さんが食後にウイスキーを飲みたいと言った時、思い出した。

私が昊輝と会った夜の、不機嫌そうな、不安そうな、悲しそうな雄大さんの背中。

「そっか……」

聞きたいことを全部呑み込んで、言った。

「ケーキ、食べていい?」

時間も遅いし、お腹いっぱいだし、明日にしようと思ったけれど、黙って聞く気にはなれなかった。

「溶けてたらごめんな? すぐに……帰るつもりだったから……」

少しの間でも冷蔵庫に入れておいたお陰で、溶けかけたクリームやチョコレートは箱の底までは届いていなかった。

「ヤバそうなのは捨てていいから」

「大丈夫っぽいけど、どうしたの? こんなにたくさん」

全て種類の違うケーキが十個。

ケトルでお湯を沸かし、紅茶のティーパックを選んだ。ダージリン。カップにパックを入れる。

「お前が……好きなのわかんなかったから」と、雄大さんは申し訳なさそうに言った。

「何でも好きだけど、チョコレートケーキが好きよ。ショートケーキもチーズケーキも好きだし。あ、ムースはあんまり好きじゃないかな」

箱の中にムースは一つ。

「あ、でもタルトも美味しそう」

「ホントに何でも好きなんだな」と、雄大さんが目を細めて笑った。

「雄大さんは? 食べる?」

「じゃあ、ムース」

「食べられるの?」

「食ったことないから、わかんねぇ」

私も笑って、ムースを皿に乗せて渡した。ストロベリームースで、スポンジと生クリームで層になっていた。


甘そう……。


ウイスキーとのアンバランスさに、また笑った。

私はショートケーキを選んだ。残りを冷蔵庫に戻す。

「春日野さんはどんなスイーツが好きなの?」と、カップにお湯を注ぎながら聞いた。

雄大さんのグラスを持つ手に力がこもったのがわかった。

「さぁ……」

「二年も付き合ってたのに、薄情」

深い意味はなかった。

軽い気持ちで言ったのに、雄大さんは引き攣った笑みを浮かべて言った。

「ホントだよな。こんなののどこがいいんだか……」

共犯者〜報酬はお前〜

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