『いちいち覚えてられるか』とか『男なんてそんなもんだろ』とか、そんな返事を期待して言ったのに、裏切られた。
余程のことがあったのだろう。
聞くのが怖かったけれど、聞かずには済まされない。
「……聞いたの?」
「何を?」
「どこがいいのか」
「……聞かなかったな」
「じゃあ、次に会った時には聞いてみて?」
雄大さんの眉がぴくっと上がった。険しい目つきで私を見る。
「次は、ない」
「納得してもらえなかったんでしょう?」
「そもそも……納得してもらう必要なんかなかったんだよ……」
雄大さんは出かけていた間のことを、順を追って話してくれた。
父親から私との結婚を反対されたこと、春日野さんに会うように言われたこと、それでも春日野さんに会いに行ったのは自分の判断で、間違っていたこと。
初めて春日野さんの涙を見たことも。
私は最後まで口を挟まずに聞いていた。
ケーキを食べながら。
雄大さんが私以外の女の涙に動揺しているのは、嫌だった。同情にしろ、自己嫌悪にしろ、今の雄大さんの心に春日野さんがいる。
自分を想って、バカなことをしてまで縋って泣く彼女を、雄大さんはきっと放ってはおけない。
その証拠に、クリーニングに出した服が届けられるまで、雄大さんは春日野さんに寄り添っていたという。
抱きしめたわけではなくても、拒まなければ同じこと。
きっと、春日野さんは雄大さんを諦めない——。
『君のご両親の承諾を得てから、結婚について話をしよう』
伯父さまの言葉が頭をよぎる。
雄大さんのご両親が私との結婚を認めるなんて、あり得ない。
雄大さんのご両親に結婚を反対されたままでは、伯父さまたちも賛成しない。強引に結婚したとしても、立波リゾートの後継者とは認めてもらえない。
そうなれば、否応なく黛が第一候補になる——。
それは、私と雄大さんの共犯関係の崩壊を意味していた。
「玲とは、もう会わない」
私の考えを察して、雄大さんが言った。
ムースは手つかず。
「親とも……縁を切っても構わない」
雄大さんにもわかってる。
そんなことをしても、何の解決にもならないことを。
私がそれを、望まないことも。
「もう諦めるの?」
私はお皿とカップを持って立ち上がった。
食洗器に入れる。中にはすき焼きで使った食器が並んでいた。
洗剤を入れて、扉を閉め、スイッチを押す。
ピッピッピ、とモード切替をして、スタートボタンを押すと、ゴゴゴゴゴと唸りだした。
身体を反転させて、雄大さんを見た。
「簡単に認めてもらえるなんて、思ってないよ?」
「だけど——」
「私は、ちゃんと認めてもらいたいよ? 雄大さんのご両親にも。春日野さんには……無理かもしれないけど……」
氷はすっかり溶けていて、水滴の滴るグラスの中で、ウイスキーの色が薄くなっていた。
「馨。俺の親を説得している時間は、黛に隙を与えることになる。説得は後にして、婚姻届を出さないか?」
「そんなことをしたら、それこそ認めてもらえなくなるじゃない」
「けど——」
「そんなにショックだった? 春日野さんに泣かれたの」
「は?」
雄大さんが心を乱されている。その原因は、私以外の女。それが嫌だった。
「セックスで忘れられないほど?」
「なに、言って——」
「婚姻届を出したら、忘れられる?」
「馨!」
「無理でしょう……?」
泣きたいのは私も同じ。けれど、それは雄大さんを苦しめるだけ。
私は雄大さんの足元に跪いた。
いつかの逆。
「ちゃんとわかってもらおう?」
「必要ない」
「なら、私たちの契約は終了ね——?」
雄大さんを見上げて、静かに告げた。
こんなことを言いたいわけじゃない。
雄大さんと別れたいなんて、思ってない。だけど、こんな結婚じゃ、意味がない。
私は立ち上がり、今度は見下ろす。
「ご両親に認めてもらえないんじゃ、伯父さまたちにも認めてもらえないもの。反対を押し切って結婚しても、雄大さんは立波リゾートの社長にはなれない。きっと、黛が——」
「馨!」
ガタンッと椅子が倒れる音がして、雄大さんが私の腕を引き寄せた。
「別れないからな!」
逆らって、雄大さんの手を振り解く。
「じゃあ、諦めないでよ!!」
泣くもんか、と歯を食いしばる。
「たった一度で諦めないでよ! 涙なんかにほだされないでよ!」
私は春日野さんとは違う。
涙で雄大さんを繋ぎ止めたりしない。
「もっと、足掻いてよ!」
そんな資格はない。
「私が——欲しいんでしょう!?」
だって、私と雄大さんは『恋人』じゃあ、ない。
私は雄大さんを睨みつけた。
数ミリ、雄大さんが後退る。
私は、その数ミリ以上に詰め寄った。
「共犯者に! なってくれるんでしょう?」
そう。
私と雄大さんは、共犯者————。
「そんな、根性のない共犯者なんて——いらない」
雄大さんに秘密を抱えたまま巻き込んで、よく言えたものだと思った。
けれど、後には退けない。
「その程度の気持ちなら、いらない!!」
雄大さん以外の共犯者なんて、いらない————。
再び腕を掴まれて、乱暴に引き寄せられる。雄大さんの唇が勢いよく口を塞ぐ。歯が、ぶつかる。
「ふざけるな!」
もう一度、唇が重なる。今度は、ちゃんと。
「いらないなんて、二度と言わせない——!」
三度目のキスは、私から唇を開いた。
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